論壇

経済的理由の受診中断 日本は健康な国なのか?

さいたま市浦和区 山崎利彦

 「大変心苦しいのですが、今の薬は、しばらく休ませて下さい」。本稿の執筆中、そんな電話が患者さんから入った。会社を辞めることになり、当面は無保険になるらしい。スタッフが継続手続きや、国保への切り替えを提言したが、状況が呑み込めない様子で、「近々再就職をするのでそれまでお金が無い、ついては就職に向けての診断書は欲しいので近々伺います」との話であったそうだ。

 検査や服薬の変更、受診間隔などを「ちょっと先に延ばして欲しい」、と患者さんに言われたり、その後来院が無かったりと、我々が「多分そうだな」と感じる経済的な理由による受診中断。協会のアンケートで得た集計では約五割の会員が経験していることが判った。詳細は本紙第四五六号(十月五日号)の一面に特集されたので、御記憶の方も多いかと思う。我々医師が気付かない受診中断の患者さんにも、経済的理由が少なからず含まれている訳であり、その実数は膨大な数に上ろう。逆に、受付での会計で直ちに明らかになる「未収金」。これも病院の七割、医科歯科診療所の三割で発生しており、中間報告時点での回答者二七四人の未収金総額は七〇〇〇万円以上に上る。

 新自由主義や自己責任といった、経済至上主義的な言葉がメディアで踊る近年。財政・経営の健全化という一見正論に見える言葉を操り、一部の人間に資産を集結させる政財界の人々。「自由な競争」というルールは、同じスタート地点に立ち、共通の審判が受けられる前提でなければ成り立たない。共通なスタート地点とは、日本国憲法二五条が定める「すべて国民は、健康で文化的な最低限の生活を営む権利」が保障され「国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努め」ていなければ担保されない。

 日本はWHOから、「医療の達成度」では世界一位に認定された。それが多くの医療者の自己犠牲に基づいていることは、本紙の読者諸氏は常日頃から思われていることであろう。では「健康」という概念ではどうか?WHOの健康の定義は「完全な肉体的、精神的及び社会的福祉の状態であり、単に疾病または病弱の存在しないことではない(ことにspiritualが加わり、そのdynamicな状態と変更。平成十一年三月十九日厚生省大臣官房国際課・厚生科学課)」とされている。

 病気を治すことが、経済的理由により阻害される社会。そうなった人々を、「自己責任だ」「働く意思が無いから収入が無い」「仕事を選り好みしているから」「フリーターやアルバイトは自分で選んでいる」などと、訳知り顔の評論家がメディアで語る。本当にそうなのだろうか?

 サラリーマンの平均収入は、平成九年の四六七万円から平成二十年には四三〇万円まで下降した。また、平成二十一年度内閣府の年次経済財政報告において、労働所得が年間三〇〇万円未満の各層は増加している一方、三〇〇万円以上では一五〇〇万円を超える層だけが増加している。労働所得の格差要因を平均対数偏差(MLD)で分析すると、主因は非正規雇用の増加(構造変化)とされている。この状況が、個人の自己責任と本当に言えるのであろうか?逆に企業の内部留保は、財務省法人企業統計によると、平成十年と平成二十年で比較すると、全企業で二〇九兆円から四二八兆円に、倍以上に増加している。それなのに法人税減税と消費税増税を要求し、医療と福祉が国を滅ぼすと叫んでいる。

 日本という国家は、医師を奴隷扱いして達成した医療水準を持ちながら、極めて「不健康」な道を歩んでいるのではないだろうか。

2010年11月5日埼玉保険医新聞掲載


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