論壇

向精神薬多剤投与規制現場を無視した改定に待つものは

富士見市 里村 淳
 これまで、一処方で七種類以上の内服薬を処方した場合、薬剤料および処方料等が減算の対象となり、医療の現場では不合理なものとされていた。さらにまた、この度の診療報酬改定で「向精神薬多剤投与」なるあらたな多剤処方のカテゴリーが出現した。
 三種類以上の睡眠薬、三種類以上の抗不安薬、四種類以上の抗うつ薬、四種類以上の抗精神病薬の投与を行った場合減算となり、しかも年一回、六月中に受診した患者で向精神薬の投与を受けている患者の数、そのうち向精神薬多剤投与に該当する患者の詳細について地方厚生局に届けることが義務付けられた。ただし、抗てんかん薬、気分安定薬、抗認知症薬、抗パーキンソン病薬などは対象となっていない。
 この減算の開始時期は今年の十月以降とされているが、向精神薬多剤投与の報告は今年の六月分からとなっている。四月改定からわずか二カ月しかない。
 この背景には、わが国の精神科医療はいわゆる「薬漬け」といわれる多剤大量処方が多く、しかもそれは過量服薬自殺(未遂も含む)の原因的役割を担っているとの見方が強い。たしかに、無駄な多剤大量処方例がないとはいえないが、医療現場では実態を無視したものとの見方が強い。
 過量服薬については埼玉精神神経科診療所協会(埼精診)が通院患者の調査からその実態をあきらかにし、厚労省の研究班も、過量服薬の防止はたんに処方を制限すればよいというものでもないとの結論を出している。また、ひとくちに精神科の患者と言ってもかなりの薬を使わないとおさまらないケースも少なからずあり、むしろそのようなケースは重度の加算がついてもよいのではという意見も聞かれ、薬剤の種類を一律に制限するなどは実態を知らない者の考えることであるという批判的な意見が多い。
 抗うつ薬、抗精神病薬の多剤投与は、「精神科の診療に係る経験を十分に有する医師」が処方した場合はその限りではないという除外規定があるが、これも奇妙である。つまり、精神科の医師ならかまわないということになるが、一般科の医師が抗精神病薬を四種類も処方しているケースなどみたことがない。
 無駄な多剤大量処方は避けなければならないが、だからといって、薬は少なければ少ないほどよいというわけではない。というのは、埼精診では自殺の症例検討を通して、自殺に至ったケースのなかには、薬がやや少ないのではと思われるケースが少なからずみられる。もちろん多剤大量処方を奨励しているわけではないが、自殺予防という観点からは、薬は少なければ少ないほどよいなどとは決して言えないのである。
 この度の改定で向精神薬多剤投与の報告が義務付けられたことによって、多剤処方している医療機関はまるで「ブラックリスト」にでも載るような不安を抱く者が多い。そのためか、はやばやと、大急ぎで処方を無理に整理している医師が多い。とくに睡眠薬が問題となっているようだ。
 医療の現場では、睡眠薬や抗不安薬を求める患者に、「厚労省は、これから睡眠薬や抗不安薬は二剤までにしろと言っている。でないと国に報告しなければならない」と患者に告げ、患者の不安をあおっているようだ。しかし、わが国には、患者にせがまれるとなかなか嫌とは言えない医療文化があり、医師としては患者の過剰な要求に対処する術がなかったが、今回の改定がそれに役に立っているとでもいえるような皮肉な結果にもなっている。
 しかし、今回の規制で無理な処方整理の末、自殺等の思わぬ結果が出ないともかぎらない。この点、注目していく必要がある。

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