論壇

「アドバンス・ケア・プランニング」で高齢者の終末期はかわるか?

川口市  石津 英喜
 「多くの日本人は無宗教と言うが、立派な『医療教』の信者だ」と海外からの指摘があるという文章を読んだ。安心感を求めて安易な時間外での受診は確かに多い。少し具合が悪いと医者に行き、薬を欲しがる。インフルエンザの時期には、夜間の病院に参拝のごとく多くの人が押し寄せ、世界中のどの国よりもタミフルを崇拝する。テレビでは、病気への不安を煽り受診を勧める。バリウム検診がいまだに行われているのも『医療信仰』が高いと言っていいだろう。
 このような『医療信仰』が可能なのは、国民皆保険制度があるからだが、少子高齢化や高額な先端医療で毎年医療費が膨らみ国民医療費が年40兆円を超え、さすがに『医療教』も存続の危機にある。
 県外の病院に誤嚥性肺炎を繰り返し入院していた高齢者の事例なのだが、一時は人工呼吸器を利用していたが、呼吸器を脱したら廃用性症候群で寝たきりとなった。気管切開部から痰の吸引、胃瘻を造設して経管栄養を行い、血糖値上昇によりインスリン治療もしていた。やっと病状が落ち着き、転院をすすめられてようやく見つけた転院先でも費用がかなりかかった。その後3カ月くらいで息を引き取ったが、家族としてはその時々で最高の治療を求め、やるだけのことはやった感はあるようだった。
 『医療信仰』のもと、延命治療や経管栄養など苦痛をともなう治療など、できるだけの医療行為を行い一日でも長く最期を伸ばすことが正しいとされてきた。しかし、国民医療費の上昇とともに現状の診療報酬の算定要件では積極的な医療を継続するのは難しくなっている。急性期病院では、看護配置、看護必要度、平均在院日数に、在宅復帰率など多数の基準があり、入院しても2週間もすれば転院を余儀なくされる。そもそも寝たきりの高齢者は受け入れ自体拒否される傾向がある。
 多くの日本人は従来の医療に期待しているかもしれないが、病気になったら入院で出来る限りの治療を受けるという『医療信仰』モデルは、特に高齢者にとって崩壊しているのである。
 厚労省は2012年に「終末期医療」を「人生の最終段階における医療」に名称を改めた。そして、2017年8月の「人生の最終段階における医療の普及・啓発の在り方に関する検討会」で「アドバンス・ケア・プランニング(ACP)」を検討。書面で事前に人生の最終段階にどんな医療やケアを受けたいかの意思表示を患者や家族と話し合っておくことをすすめるらしい。近い将来カルテに「ACPは○○である」と記入するようになるだろう。
 スウェーデンでは胃瘻や点滴などの人工栄養で延命を図ることは非倫理的であると国民が認識し、逆にそんなことをするのは老人虐待という考え方さえあるそうだ。世界では寝たきりになるまえに死を迎えることが一般的らしく、日本のように寝たきり老人はいないとのこと。日本の病院は、いざ救急で来院すると、いろいろな処置をすることが常識となっていて、高齢者でも気管内挿管や心臓マッサージの処置をせざるを得ない流れがある。家族もその場で「延命処置をしますか?」と聞いても、うろたえて決められないことが多く、医療側もとりあえず延命して引き伸ばす。結果、本人の意思に反して苦痛な延命治療が継続されてしまうことが多い。認知症などで、不穏で暴れる患者は身体抑制と称してベットに縛り付けてまで点滴をすることもしばしばある。
 何かしらの治療をしないことが許されない『医療信仰』の呪縛が医療側と家族側の双方にできてしまっている。法律的な解釈や拘束力など課題はあろうがACPによる本人の意思を尊重した、自然にまかせた医療体制が常識となると、医療費削減が目的であっても、いろんな意味で医療者も家族も負担が軽減されるのではないか。

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