論壇

疲弊に拍車をかける「明細書」発行義務化

富士見市 入交 信廣

 医療崩壊が進行しつつある。小泉内閣以来続く医療費抑制政策による医療機関の経済的疲弊が原因の筆頭に上げられよう。新研修医制度により、全国の医師不足を招いたような、物事の表のみを見て裏を考えない現場を知らぬ厚労省の拙劣な制度の連発が、これに拍車をかけている。

 疲弊しつつある医療機関に対し、今回またもや事務の量を増加させる義務がいくつか追加された。その一つとして療養担当規則第五条二により、個別点数の分かる「明細書」(病名のないレセプトに相当)の発行が義務付けられた。その内容は、①医科診療所では一部の例外を除き本年七月一日より、歯科では来年四月一日より領収書を発行する毎に「明細書」を発行する事、②「明細書」発行を行っている旨の院内掲示をする事、③「明細書」発行を希望しない患者には、その旨を受付窓口に申し出るよう院内掲示する事、④「明細書」発行医療機関は、地方厚生局長等に届け出る事により「明細書発行体制加算(一点)」を算定できる事、⑤すべての保険医療機関は、明細書発行状況を、毎年地方厚生局長等に報告する事などである。

 医師には、患者さんに対して守秘義務がある。特に、癌、精神疾患、エイズ等々、病名漏洩により、患者さんに多大の不利益を与え得る個人情報については、取り扱いに細心の注意を要する。「明細書」には、疾患名を推察できる内容が記載されている。「明細書」のズサンな管理、廃棄処分、紛失などにより、患者さんのプライバシー漏洩がおこる可能性は大である。また「悪性疾患腫瘍管理料」の項目があれば、家族の要請など種々の理由で秘密にしていた癌病名を本人が認知し、その後の治療遂行に支障をきたす可能性がある。「明細書」発行により重大な損害を被った患者側が、医師法違反、個人情報保護法違反により、医療機関を提訴する事が考えられる。療養担当規則(前記法律に対し下位に位置づけられる)に従っただけであり、責任はないと主張できるであろうか。療養担当規則には「発行を希望しない者は申し出る事」なる条文がさりげなく付記されている。これに則れば、患者さんに不利な情報の記載されている「明細書」については、発行を希望しないよう医師は説得すべきである等々の判決もあり得る。また、提訴しないまでも、不利益を被ったとの患者側からのクレームの多発も予想される。「明細書」発行義務化は、医師の責務を増加させ、医療機関を被告に仕立て上げる制度と考えるのは杞憂であろうか。増える一方の医療機関に課せられる法的な義務に押しつぶされないよう医療担当側としての自衛策を考える時期と思われる。「明細書」発行については、協会新聞四月号の折り込みポスターの活用をお勧めする。内容は、①「明細書」には、個人情報が記載されている事、②管理を厳重にしないとプライバシーの漏洩の可能性のある事、③不必要な大部分の人には、発行を希望しないよう呼びかける事などである。

 また「明細書」に記載された点数については、複雑怪奇な現医療制度のもと、合理的説明不能なものが多々ある。患者さんからの質問につき、診療行為については、医療機関に説明義務があるものの、その他の診療点数については、④前記ポスター記載の厚労省保険局医療課および、関東信越厚生局指導監査課の電話番号宛に問い合わせるよう指導して頂きたい。(当該部所には、埼玉県保険医協会より、上記の旨連絡済、またFAX、Eメールアドレスは存在しないとの事)

 毎年、「明細書」発行状況を厚生局長等に報告する事の条文の意味が不明であるが、「明細書発行体制加算(一点)」確認のため、厚労省が「性悪説」にもとづき、医療機関不正のチェックのためであろうか。または、レセプト高点数を理由に個別指導が行われている現状を考えると、「明細書」発行の少ない医療機関の個別指導を行うつもりなのか。後々の事を考えると、「明細書」発行不要な患者さんについては、署名などの記録を残すべきであろう。

 本協会三月度理事会にて「明細書」発行義務化撤回を求める運動を行う事が決まった。四月五日、二十日、各医療機関に、その旨の要請文のFAXが送信された。前記拙文をも参考にされ、署名返信される事を願う。

2010年5月5日埼玉保険医新聞掲載


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