医療保険における「一部負担」の根拠(前)
健康は自己責任なのか

芝田 英昭(立教大学コミュニティ福祉学部福祉学科教授)
 政府は一定所得以上の75歳以上の医療費窓口負担金を1割から2割と「2倍」に引き上げることを決めた。医療や社会保障財政を検討し国民負担を求める場合には、応能負担を原則として財源の分かち合い先は様々に求めることが可能である。患者の「一部負担金引き上げ」に負担先を求めれば経済的な理由による受診控えが必ず生じるため、避けるべき方策であることは、この間、協会・保団連のみならず日医、日歯からも述べられてきている。
 国民皆保険制度の中で、当たり前になってしまっている「一部負担金」とは、そもそもどういうものなのか。長年研究されている立教大学教授の芝田英昭氏に執筆いただいた。2回にわたり掲載する。

はじめに
 新型コロナウイルスによる緊急事態宣言解除後、特に7月中旬以降感染者が急増している。また、これに伴いコロナ失職と言われる人も増えているのが実情である。厚生労働省の統計では、コロナ失職者は4月末までが4千人程度であったが、5月21日には1万人、7月1日には3万人、7月29日には4万人、11月13日には7万1千人を超えたと報告された。
 新型コロナウイルス感染者やコロナ失業者が増えるなかで、感染者に対する誹謗中傷も相次いでいる(「岩手県の感染者に中傷続く」『朝日新聞』2020年8月1日)。また、都市部でのクラスターが、いくつかの夜間の飲食店で発生したことから、「夜の街」での感染が注目され、ネット上では特定の業種(特に風俗店)を標的にバッシングが続いている。
 この行為の根底には、何があるのだろうか。日本では個人の行動が「感染を招いた」とのする「自己責任論」が蔓延しているのではないだろうか。その論拠となるのが大阪大学教授 三浦麻子らによる調査である。
 調査では、各国500人前後の者に、「感染する人は自業自得だと思うか」と質問したところ、「どちらかといえばそう思う」、「ややそう思う」、「非常にそう思う」の合計が、アメリカ1%、イギリス1.49%、イタリア2.51%、中国4.83%であったのに対し、日本は11.5%と突出していた。また、「自業自得だとは全く思わない」と回答したのは、日本以外の4カ国が60~70%だいであったが、日本は29.25%にとどまっていた。三浦らは、この調査から日本が他の国より「新型コロナウイルスに感染するのは自己責任」と考える者が多いことが分かった、としている(PRESIDENT Online 2020年7月23日)。
 日本では、感染症に限らず疾病一般、健康の維持・増進は自己責任と考える者が多い。例えば2003年の刀川眞・内藤孝一による調査では、約6割、また2016年の三澤一平の調査でも、約4割が健康は自己責任と回答している。
 感染や健康は、自己責任論で片付けられるのであろうか。社会疫学の権威とされるハーバード大学教授カワチ・イチローは、「経済的な事情などで健康行動をとることが難しいような人に対して健康情報をいくら提供しても、行動変容にはつながらない。さらに個人レベルのリスクに着目するアプローチは、個人の努力で変容することができない行動までも『自己責任』としてしまう可能性がある」(カワチ・イチロー著『社会疫学(上)』大修館書店、2014年)と指摘している。

コロナで戦後最悪の経済状況
 政府統計によると、2020年4?6月期のGDPは、年率換算で27.8%減と戦後最悪の下落を記録した。GDPの半分以上を占めるのが個人消費で、コロナ関連による休業、失業、業績不振等で大きく落ち込んだことで、多くの国民は、新型コロナが日本経済に与えた影響を改めて認識した。
 しかし、その後の7?9月期のGDPは、前期比年率21.4%と、過去最高のプラス成長となった。特に個人消費が同プラス20.1%増加したが、1人当たり10万円の特別定額給付金支給や、緊急事態宣言の解除を受け、政府のGo To キャンペーン(Go To Travel, Go To Eat、期間2020年7月22日?2021年3月15日)により、旅行関係、飲食店、テーマパーク等の営業再開により、個人消費を押し上げたと考えられる。しかし、この間新型コロナ感染者急拡大受け、政府は2020年12月14日、Go Toキャンペーンの一時停止を決めた。
 新型コロナ感染が収束しないなか、経済活動の押上だけに躍起になることは、結果的に感染拡大を引き起こす。2020年11月25日、日本医師会会長中川俊男は、定例記者会見で「医療提供体制が崩壊の危機に直面している」との認識を示しており、一定Go To キャンペーンにブレーキをかける必要があることを提起した。
 Go Toキャンペーンの見直しは、当然、回復しつつあった旅行業、飲食店等へ経済的打撃が大きい。これらの業種は、中小企業が多くを占めており、持続化給付金や家賃支援給付金の継続がなければ廃業に追い込まれる可能性が高い。
 今日の日本社会では、否応なく労働等による収入・所得により生活の水準が決定付られることから、当然、所得が減じれば、生活水準をも下方修正せざるを得ないし、現時点で多くの国民が疲弊していることを考えると、経済的自粛は給付とセットで行われるべきである。

所得と生活習慣・健康
 2020年1月に発表され2018年版国民健康・栄養基礎調査(表)は、所得と生活習慣、健康維持等が密接に関わっている事実を示した。つまり、所得が低いほど、健康維持や生活習慣の意識・行動変容が難しいことを如実に語っている。
 具体的にみると、野菜の摂取量は、所得が高くなるに従って多くなり、その傾向は男性の方が顕著である。興味深いのは、1日の平均歩数である。一般的には、比較的安定した職業に就きデスクワークをしている方が所得が高く、現場で働くことが多い方が所得が低いと思われる。当然デスクワークを中心とする方の職場での歩数は少ないと考えられ、所得が高くなるほど平均歩数は下がると思われがちである。実は、所得が高いことによって、健康に関する意識も高くなり、敢えて電車の一つ前の駅で降りて歩いたり、エスカレーターを使用せず階段を昇降するなど行動変容に努めることが可能となる。
 喫煙に関しても、極めて所得と連動していることが見て取れる。特に女性では、所得200万円未満と600万円以上では、喫煙率が半減している。これも高所得が健康意識の醸成につながっていることの証である。
 健康診断も所得との関連性をよく表している。雇用主は、被用者に対して定期健康診断を行わなければならないと法定されているが、一部の非正規労働者はその対象から外れる場合がある。男女とも、所得200万円未満では、健康診断未受診割合が4割を超えている。これは、低所得の方に「非正規労働者」が多いことを表している。又、歯の本数も所得に連動しているのが分かる。
 やはり、健康は、本人が置かれている社会的立場、職業、所得と密接に関わり、個人責任では解決できない問題だと言うことが理解できる。
 次号では、医療保険における「一部負担」の歴史的系譜を解説する。
 

医療保険における「一部負担」の根拠(後)
医療保険の「一部負担」を再考し、未来を展望する

芝田 英昭(立教大学コミュニティ福祉学部福祉学科教授)
 前回・先月号では、「一部負担金」を考える前段として、「健康は自己責任か?」と題して、所得、生活習慣、健康はそれぞれが密接に関連しており、健康は個人責任では解決できないことを解説いただいた。今月は「一部負担金」の歴史を振り返り、近年の一部負担金拡大は、学問的な要因によらず、政府の情勢認識や都合によっていることなどを解説いただいた。感想等は編集部に寄せられたい(編集部)。

はじめに
 厚生労働白書(厚生白書)は、1956年(昭和31年)に第1号が発行されて以降、その時々の経済・社会情勢を反映する形で、社会保障の制度・政策的分析と改革の世論形成を担ってきた。勿論、厚生労働白書のみで、医療保険に関して厚生労働省や国の思惑・政策の狙いを読み解くことは不可能であろう。しかし、国民が各種審議会の議事録や具申・建議・答申を読むことは日常的ではない中、厚生労働白書は、国民がもっとも手に取りやすい年報であり広報誌との位置付けもある。従って、極めて簡潔で分かりやすい表現を用い、世論形成には十分役立っていることから、白書の分析は、厚生労働省の医療保険制度の方向性の一端を知る適切な素材である。

1950年代は一部負担「5割以下」を目指す
 国は、1958年に国民健康保険法等の改正を行い、1961年には「国民皆保険制度」を実行に移した。1950年代後半から国民皆保険制度実施に当たって、「給付割合についても5割以上とし、国民健康保険財政の強化と相まって、漸進的に向上を期すること」(1959年度版白書)とし、少なくとも給付割合を5割にし、一部負担を5割以下とする方向性を明白にした。

1960・70年代は一部負担「3割」を志向
 1960年代に入ると、7割給付、3割一部負担移行を明確にしていった。1960年度版白書は、「必要なときにいつでも医療を受けられるようにするためには、給付率の引上げをはかることにより、患者の一部負担を軽減することが必要であることはいうまでもなく、少なくとも、これを7割程度まで引き上げる必要がある」と将来的には被用者も含めて7割給付への意欲を示し、実際、1966年の国民健康保険法改正で7割給付、3割一部負担を実現している。
 もちろん、被用者本人は10割給付で一部負担もないことから、全体の給付割合統一に向けて、国民健康保険や健康保険家族給付の給付割合が焦点となってきたが、1960年代後半になり、被用者本人の一部負担導入との方向に舵を切った。具体的には、1967年の健康保険特例法(2年間の時限立法1967年9月施行)によりで被用者本人の薬剤一部負担が導入され、被用者本人10割給付が崩されたのである。
 1970年代初頭、田中角栄首相の下、日本も福祉社会を目指す方向性を鮮明にし、医療保険における一部負担見直しを行っている。1973年を福祉元年と位置付け、老人福祉法改正により老人医療自己負担分の無料化を実施した。それと同時に、健康保険法を改正し、それまで5割給付であった家族給付に関して、7割給付、3割一部負担とした。また、療養の給付に伴う一部負担が一月一定額を超えた場合、超過分を申請により還付する高額療養費制度の導入も行った。
 福祉元年以降の1970年代は、1973年と1979年の二度にわたるオイルショックにより、高度経済成長が終焉した時期とも重なり、高齢者のみならず国民健康保険、健康保険においても7割以上給付を目指す方向性は堅持した。

1980年代は一部負担「2割」を目指した
 1983年には、前年の老人保健法の制定(1982年)で老人医療費一部負担が導入され、10年におよんだ老人医療無償化は終わった。また、1984年健康保険法等改正で被用者本人給付9割、1割一部負担が導入され、長きに渡り実施されてきた「被用者本人原則10割給付」が終わり、退職者医療制度が創設された。
 1984年に被用者本人9割給付を実現したが、1984年以降の論調は、全世代で8割給付を目指す意思表明となっている。1984年度版白書では、同年に健康保険法等の改正で、被用者本人の1割一部負担導入の理由として、「サラリーマン本人の10割給付は、自己負担がなく、かかった医療費がわからないため、医療費についてのコスト意識が欠如しがちであり、これが一部で患者の薬ねだりや医師の薬づけといった事態を招きかねないという点が指摘されており、適切な一部負担が医療の効率化につながる」とし、被用者本人への一部負担により、「医療を受けた人と受けない人との間の均衡」も図れるし、「医療費についてのコスト意識が明確になり健康増進への意欲が高まる」と説いている。
 1980年代中半以降の厚生白書では、このようなコスト意識の喚起、受益者間の均衡論を展開し、最終的に医療保険全体で8割給付を実現しようとしたことが、1985年版白書の以下の文言から見えてくる。「受益者負担がもたらす効果としては、適切な負担を課すことにより受益者のコスト意識を喚起し、サービスの必要に乏しい者の参入を抑制し、必要の高い者に十分なサービスの提供を行うことを可能」、「サービス提供機関の混雑現象を緩和するとともに、無駄な給付や過剰投資といった資源の浪費を防ぐ」、「負担することは消費者マインドを醸成し、給付(サービス)の質を問うことになり、サービスの質向上にもつながる」、「(昭和)60年代後半のできるだけ早い時期に給付率を8割程度で統一することかが適当」としている。
 また、8割給付統一に関して、1988年度版白書は、「医療保険各制度間の給付と負担の公平化(一元化)を図るための措置を段階的に講ずることとしており、この場合、全体としての給付率をおおむね8割程度とすることを目標とする」とし、その世論形成を図り、実際1997年の健康保険法等の改正で、13年ぶりに被用者本人9割給付から8割給付、2割一部負担への改悪を行なった。この時点で、国民健康保険の自己負担は3割を維持したことから、1980年代の白書が宣言した「早い時期に給付率を8割程度で統一する」(1985年度版白書)方向性は、実現されることはなかった。

1990年代の一部負担は「時々の情勢の下で国民的な選択」の課題とした
 1998年度版同年度版白書は、一歩踏み込んだ発言をしている。「受益と負担の均衡という観点から、その時々の情勢の下で国民的な選択が行われるべき課題」とし、給付率・一部負担率は「その時々の情勢」で選択されるべきと、実質的に一部負担率における政策的フリーハンドを国家に与えてしまう方向性を明白にした。つまり、一部負担の導入・割合には、学問的根拠はなく、情勢で適宜変更できるという横暴な論理展開をしたのである。これは、社会保障の「基本的人権の具現化」とのあり様を全く無視した論法と言える。

2000年代は一部負担「3割固定化」を実施
 2002年度版白書では、「医療保険制度については、給付割合を7割で統一するなど、各制度・世代を通じた給付と負担の公平を図るとともに、保険者の統合・再編成や規模の拡大など運営基盤を強化しつつ、持続可能で安定的な制度を構築する」と示し、実際2002年の健康保険法等の改正による医療保険の3割一部負担の統一(2003年4月実施)を行った。
 このように白書を俯瞰すると、1950年代後半から、5割以上の給付を目指し、1960・70年代は給付率を7割まで上げる方向を示し、1980・90年代は8割給付で統一しようとしたが、2000年代初頭からまた7割給付の方向性を明白にした。つまり、1998年度版白書が示したように、給付率・一部負担率は「その時々の情勢」で適宜変更されるものであり、根拠や理念は存在しない。
 既に、高齢者医療、介護保険においても、現役並みの所得者は、高齢者であっても3割一部負担が導入されていることから、社会保障利用における不公平是正の観点から、早い時期に、医療保険全般、介護保険においても「3割一部負担率」が標準とされる可能性が高い。これは、2017年度版白書の「医療保険制度及び介護保険制度については、給付と負担のバランスを図り」との文言から裏付けられる。
 では、今後「その時々の情勢」によっては、3割以上の一部負担率はあり得るのか、との疑問が湧いてくるが、筆者は、当分はこれ以上の一部負担率増はないであろうと見ている。
 それは以下の発言、政府の閣議決定、法改正から推測できる。1点目は、2001年11月29日に政府・与党社会保障改革協議会が閣議に提出し、閣議決定された「医療制度改革大綱」の文言による。同大綱の「Ⅳ 医療保険制度の改革」で、「平成15年度(2003年度)から政府管掌健康保険の保険料を予定どおり引き上げ、必要な時に7割給付で保険間の統一を図る」との方向性を示したこと。
 また、2点目は、2001年12月13日の第4回社会保障審議会で、中村秀一審議官(医療保険、医政担当)が、医療制度改革に関して委員に以下のように説明した。「一般の医療保険制度につきましては、現在、サラリーマンの患者負担が本院は2割ですが、被用者保険と国民健康保険については給付率を7割に統一する。逆に申しますと、サラリーマン本人の負担は3割に引き上げると言う提案をいたしました」。
 3点目は、2002年10月施行の「健康保険法等の一部を改正する法律」の附則2条において、「医療保険各法に規定する被保険者及び被扶養者の医療に係る給付の割合については、将来にわたり100分の70を維持するものとする」、と将来全ての医療保険において保険給付を7割、つまり一部負担を3割で維持することを法定したからである。
 これらの文言からも、高齢者も含めて全ての医療保険においては、一部負担を3割で止める意向が窺える。また、戦前から一部負担と医療費の関係を推計する基礎として、厚生労働省で使用される長瀬計数でも、一部負担を4割にすると医療費の逓減率が0.488、つまり、需要の5割も救えないことになり、公的保険としてはその役割を果たせなくなるのは自明である。
 しかし、一部負担率が3割で維持されるとしても、これは「保険給付に伴う一部負担」のことであり、今後は保険給付範囲の見直し、保険がカバーしない部分を増やしていく方向が主流となると予測できる。それは、室料差額、入院給食費等(食材費相当額、調理費相当額)が保険から外されてきた事実からも理解できる。つまり、実質的に3割以上の一部負担が課される方向性が一気に進むものと思われる。

医療保険の未来展望
 社会保険は、私的保険とは異なり国民に加入を強制することから、当然保険料を支払えない加入者を抱える。従って、低所得者等の保険料部分をカバーする国庫負担・公費負担が存在する。また、社会保険に守られる労働者や国民がいることで、企業は労働者が抱える社会問題である疾病・介護・失業等に対して、予想を超える個別的費用支出を回避できることから、応分の保険料支払いを求められる(リスク分散)。この国庫負担・公費負担や企業負担を「社会保険における社会扶養原理(=人権原理)」と呼ぶ。当然、社会保険においては、労働者・国民のうち支払い可能な人が、保険料を納付することとなる。つまり、社会保険財政を支えるために、企業の保険料、労働者・国民の保険料、国庫負担・公費負担が存在することから、社会保険によるサービス給付時に労働者・国民から再度一部負担を要求することは、受診抑制・サービス利用抑制のそしりを免れないし、これは費用の二重徴収と言わざるを得ない。
 この観点から一部負担を考察すれば、その負担の増率・増額に問題があるというよりも、そもそも社会保険においては、利用時の一部負担はあってはならないと考えられる。

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