全世代型社会保障改革がはまる隘路(1)

高端 正幸(埼玉大学人文社会科学研究科准教授)
 後期高齢者の窓口負担割合の2割への引き上げについて法案が国会に提出された。政府は若い世代や後期高齢者支援金の負担を軽減することを目的としているが、その説明は矛盾しており、高齢者をさらに困窮させ、若い世代の負担軽減にはならない。政府の改革方針について、埼玉大学の高端正幸氏に2回にわたり解説いただく。感想等は編集部に寄せられたい(編集部)。

 昨年の暮れに、前首相肝いりの全世代型社会保障検討会議が『全世代型社会保障改革の方針』(以下では「方針」とする)をとりまとめ、閣議決定された。「方針」で一定以上所得のある後期高齢者の窓口負担割合の引き上げが打ち出されたことは周知のとおりであるし、それに対する批判の向きも多いことだろう。筆者もその一人であるが、その理由を私はこう考える。
 「方針」の発想は、このようなものである。「若い世代は貯蓄も少なく住居費・教育費等の他の支出の負担も大きいという事情に鑑みると、負担能力のある方に可能な範囲でご負担いただくことにより、後期高齢者支援金の負担を軽減し、若い世代の保険料負担の上昇を少しでも減らしていくことが、今、最も重要な課題である」。そしてこのくだりに、この改革の難点が集約されている。
 第1に、根拠と手段が矛盾している。たしかに、若年世代の所得・貯蓄は長期低落基調にあり、とりわけ平均貯蓄は高齢世代のそれよりも低い。裏を返せば、高齢世代は所得は低くても貯蓄があるため負担能力のある人が少なくないというのがここでの認識となる。ならば、貯蓄状況を含めた負担能力に応じた負担をお願いするのが筋となるはずである。
 それにもかかわらず、窓口負担割合引上げの対象は課税所得と年収で決められる。つまり、「方針」自体がいう負担能力重視の根拠と、負担能力の測り方とが矛盾してしまっている。
 そのため第2に、医療が高齢者を困窮の淵においやることとなってしまう。所得はある(と言っても課税所得28万円以上かつ年収200万円以上(単身世帯)または後期高齢者の年収合計320万円以上(複数世帯)という低水準)けれども貯蓄に乏しく負担能力に欠けるケースは決して少なくない。そして窓口負担割合が1割から2割に引き上げられれば、単純に負担額が倍増し、高額療養費制度の負担上限額に新たに達する人が続出する(経過措置はあり)。その上限額は、年収370万円までの住民税課税世帯で月額1万8千円(外来、個人)もしくは月額5万7千600円(世帯単位)である。生存・生活に必須の医療サービスをいわば「買わせる」ことで、傷病に悩まされる人をわざわざターゲットにして困窮化させ受診抑制を進めるのが、窓口負担割合引上げの意味だと言っても過言ではない。
 第3に、こうした脆弱な立場の人々に痛みを強いる改革が、「方針」のいう「若い世代の保険料負担の上昇を少しでも減らしていくこと」にどれだけ貢献するのか。厚生労働省の試算(2025年度)では、事業主負担分を含めても、現役世代1人あたりの後期高齢者支援金の抑制額は年800円に過ぎない(朝日新聞2021年1月18日朝刊)。それより大きく節約されるのが後期高齢者医療の財源の半分をまかなう公費すなわち税金(1千140億円の節約)であるが、国の税収総額57兆円(令和3年度予算案)はもちろんのこと、消費税率1%分約2.4兆円と比べても、これもスズメの涙というほかない。
 なぜ、論理矛盾をはらみ、困窮化と受診抑制を助長するうえに、若年世代の負担抑制効果が小さいこのような改革が生み出されるのか。その根本に、次回は財政社会学の視点から迫りたい。
 

全世代型社会保障改革がはまる隘路(2)

高端 正幸(埼玉大学人文社会科学研究科准教授)
 政府は保険料の負担者と受益者の間の「公平」を口実に、自己負担を引き上げるための正当性を主張している。高端氏に利用者負担の引き上げは財政収支の改善にはつながらない根拠を財政学的な観点から解説をいただいた。感想等は編集部に寄せられたい(編集部)。

 昨年の暮れに全世代型社会保障検討会議が提言した一定以上の所得のある後期高齢者の窓口負担割合の引上げが法定される見込みである。これを財政社会学の立場からみると、何が言えるのか。
 何よりもまずそれは、「公平を図る」ことを根拠に、人が生きるために必須のサービスを「私的に買わせる」ことを正当化するという、戦後日本の医療・社会保障が繰り返してきたパターンの典型である。周知のとおり、後期高齢者の窓口負担割合の引上げは、高齢世代と現役世代という世代間の負担の公平を図るものとされている。
 公平という価値はある種の普遍的な「正しさ」を帯びており、容易に反論を許さない。しかし、これを医療・介護その他福祉全般におけるサービス受給に伴う利用者負担を引き上げるために用いるのが、日本の財政当局の伝統芸だと言っても過言ではない。
 さかのぼれば、国が戦後初の赤字公債発行に踏み切った昭和41年度予算編成以来、大蔵省主導の福祉サービス利用者負担強化の流れが生じた。そこで強調されたのは、負担者と受益者の間の「公平」である。医療・福祉サービスを利用する者は、利用することなく税や保険料を負担するのみの者と異なり、サービスからの特別の受益を得ているのだから、受益に応じた利用者負担をすべきだというのがその理屈である。こうした「受益者負担論」は、当初は主に医療保険制度に対する国庫負担の引き下げを正当化するために展開されたが,1970年代には次第に社会福祉領域における利用者負担へと援用が進み、オイルショック以降の財政事情の悪化により全面化して今日まで影響力を保っている。
 こうした「公平」を盾にとる自己負担強化論は、負担者と受益者の間、高齢世代と現役世代の間、子どもを持つ者・障害を持つ者等とそうでない者の間に線引きをし、医療・福祉サービスを通常の商品のようにみなして損得を語ったうえで、(得をしている方に合わせて負担を引き下げるのではなく)損をしている方に合わせて負担を引き上げるための論理に他ならない。
 さらに厄介なのが、応能負担という名の公平論である。一定以上の所得があれば、負担する余裕があるのだから、窓口負担を1割ではなく2割にすべきだ、というのも応能負担の一種である。所得、あるいは負担できる余裕に応じて負担するのが公平だというのも、一見もっともな主張に思えるだろう。
 しかし、応能負担が持つ「公平」という仮面を引きはがす必要がある。というのも、医療・福祉サービスの利用者負担を高めて公費(税・社会保険料)負担を抑えるためにこそ、応能負担が主張されるのである。平たく言えば、財政当局からみて、応能負担とは「取れるだけ取る」「買える人には買わせる」方策に他ならない。
 2000年代以降の高齢者医療および介護保険サービスの利用者負担の引き上げ動向がまさにそれであるが、歴史を振り返れば、同じようなことが保育サービス、障害者福祉サービスなどでも行われてきた。たとえば、保育料は応能負担、すなわち所得階層に応じた段階的利用料となっているが(2019年10月に3~5歳児は無償化されたが、0~2歳児は応能負担を維持)、1950年代当初は、低所得層の減免措置はあったが原則として保育料は一律だった。これが、上述の「受益者負担論」のもとで、高所得層に高額の保育料を求め、かつ所得階層区分を細かく増やして「取れるだけ取る」ものへと変貌し、結果として応能負担が定着した。
 しかも、応能負担はこのように「取れるだけ取る」仕組みであるからこそ、財政事情が悪化すればたやすく負担が引き上げられていく。「現役並み所得」「一定以上の所得」の定義さえ変えれば済んでしまう。ここでも、現役世代の所得が下がっているから「現役並み所得」の定義も引き下げるべきだ、という風に、比較対象を設けて、低い方、辛い状況の方に合わせて負担を増やし、保障を引き下げるのである。
 最後に強調しておきたいのは、こうした「公平」を盾に取る利用者負担の引き上げが続く限り、日本の医療・福祉の財政事情は悪化するばかりだということである。利用者負担の引き上げが財政収支の改善につながると多くの人が信じるなかで、これは皮肉なことである。
 その理由は簡単だ。税や社会保険料を負担することで将来の安心を得られるという実感を、人々がますます持てなくなるからである。税や社会保険料を生涯つうじて負担しても、いざ医療や介護が必要となった時には高い利用者負担を求められるとなれば、誰が進んで税や社会保険料を負担しようと思うだろうか。
 筆者や慶應義塾大学の井手英策氏が常々指摘しているように、国際比較でみたとき、日本財政の特徴は、税負担に対する抵抗感の強さにある。スウェーデンなど北欧では日本よりはるかに税負担が大きいが、日本の方が税負担に対する人々の抵抗感が強い。北欧では、稼げているとき、経済的に余裕のあるときに税をたくさん負担するが、高齢となって医療や介護を必要としたり、子どもを育てたり、失業したりした時にも生活が行き詰まることはないという安心感を得られている。日本ではどうだろうか。
 病気を患う、老衰や障害により介護が必要となる、子どもを育てる、仕事を失うといった「命や生活の危機」に直面した人に、サービスの対価を要求するという発想が、そもそも間違っている。生きるために誰しもが必要とするサービスは、お金で買わせるのではなく、自己責任から切り離して無償で提供されることが望ましい。生活が確実に保障されるという安心感こそが、税負担への社会的合意を作り出す。そして財源が充実し、医療・福祉の拡充が進むという好循環こそ、日本財政の隘路を打開するために求められる姿である。
 前回書いたように、高齢者医療の窓口負担を引き上げは、医療保障に対する不安感をあおる一方で、政府がいう「現役世代の負担抑制」は微々たるものにしかならない。しかし、それだけでなく、根本的な発想の次元で大いなる問題を抱えているのである。

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