論壇
レセプトオンライン請求義務化撤回訴訟
富士見市 入交 信廣
二〇〇六年「厚労省令一一一号」により、レセプトオンライン請求が義務化された―①四〇〇床以上の大病院は〇八年四月、②診療所(レセコンあり)は一〇年四月、③レセコンのない診療所・歯科医療機関は一一年四月から―などとの内容である。
〇八年十一月、義務化撤回を主張した三師会(日本医師会、歯科医師会、薬剤師会)の共同声明を取上げた辻泰弘参議院議員(民主党)の質問書に対し、政府は答弁書で①義務化まで十分な準備期間を設け、②小規模医療機関に対しては、一定の猶予期間を設け、③事務代行者を介しての請求を認めている、などを理由に撤回を拒否した。
〇八年十二月、保団連との撤回交渉に対し、厚労省は①医療機関のインセンティブとして「電子化加算」三点があり、②個人情報漏洩の場合、責任は医療機関にあり、③義務化に従わないペナルティとしては、レセプト請求できないこと、との一方的な回答を行った。
オンライン請求は、事務の効率化がはかれる保険者にのみメリットがあるのに対し、患者及び医療機関にはデメリットが押しつけられる制度である。以下に問題点を記す。①レセプトと健診データの突き合わせ行い、医療の標準化を行い、これを営利企業に利用させること、②レセプト審査の自動化による画一的医療(病名主義)の徹底化、③社会保障カードと連動させ、国が個人情報の一元管理を行う危険性、④埼玉県医師会の調査では、レセコンのない医療機関では一〇〇万から三〇〇万円以上の費用負担が強制され、その結果⑤保団連の調査では、この義務化により廃業すると答えた医師が十二・二%、歯科医師が七・二%あり、特に地方での医療衰退の可能性、⑥オンライン請求の個人情報漏れに対し、厚労省〇六年四月、〇八年二月付け通知で防止ガイドラインがある。「パーテイションで仕切るなどの方法で、関係者以外の者が送信機器に接しないようにすること」などとされているが、この程度の規定で、責任をすべて医療機関に押しつけていること、⑦義務化期限一〇年四月は診療報酬改定と同時期となり、大混乱が予想されること―等々である。
これらをふまえ、本年一月二十一日「レセプトオンライン請求義務化撤回訴訟」が横浜地裁に提訴された。平尾紘一神奈川協会理事長を原告団長とする医師、歯科医師九六一人が、この第一次訴訟に加わった(遅れて参加する第二次訴訟分を加えると計二〇〇〇人以上となる見込み)。
この提訴は国に対し、オンライン請求の義務が存在しないことの確認と、多大な責務を迫られたことによる精神的苦痛に対し、一人あたり一一〇万円の慰謝料を求めている。主張の根拠は、①法律事項であるべき「診療報酬請求権」の制限を省令で行う憲法第四一条違反、②請求義務化による経済的負担、廃業の発生に対して、「営業の自由」を定めた憲法二一条違反、③オンライン化により発生しうる患者プライバシーの侵害、個人情報漏洩に医療機関を加担させる違法性…である。
衰退に向かう大英帝国での官僚組織の観察より、一九五七年歴史、政治学者C・N・パーキンソンは、以下の法則を発表した。第一法則―仕事は、時間的に可能な範囲まで増やされる(ギリギリまで仕事が完成されない―診療報酬改定など)、第二法則―節約はせず、経費を増やす(税金の無駄遣い)、第三、四法則―外部からコントロールがなければ、組織は自己増殖し複雑化、巨大化していく(国民、国家のためではなく省益のために動く)。これら法則の示す如く、最近話題の「天下り」「わたり」のため、出世のポイントを稼ぐべく、お役人は①良悪にかかわらず可能なかぎり多数の、②利益の敵対する団体(厚労省においては医師会?)、③利益の一致する団体(天下り先)には有利な「きまり」を連発しているように見える。
研修医制度改革による勤務医不足、毎年のように出される通知などの積み重ねの複雑怪奇な医療制度などに加え、今回のオンライン請求義務化による多くのベテラン医師廃業のため医療崩壊が加速されよう。「お役所仕事」の論理で動く厚労省自体が、これに加担しているのではないか。医療崩壊を防ぐため、官僚の暴走に対し、前記訴訟を強力に支援する必要がある。また行政をコントロールできない、いわゆる五五年体制を引きずる政治について考察すべきであろう。
2009年3月5日埼玉保険医新聞掲載