論壇
国の「新型インフルエンザ(Flu)」対策にだまされるな!
戸田市 福田 純
2009年3月下旬、メキシコに端を発したH1N1型豚Fluは瞬く間に世界中に広がり、WHOは新型Fluと認定し、ついには警戒レベルをフェーズ6に上げ、世界的大流行(パンデミック)を宣言した。わが国でも今年2月に厚労省が改定したばかりのガイドラインおよび行動計画にのっとり対策が講じられ、「国内にはFlu患者は入国させない」と徹底した水際作戦を敢行。検疫官の奮闘振りをマスコミは連日報道し続けた。本来、水際作戦はFlu患者の入国を妨げきれる代物でなく、国内対策への単なる時間稼ぎなのであるが、多くの国民は「日本は安全!」と思い込まされ、準備に費やすべき貴重な時間を無為に過ごした。何よりも政府は「正しい情報に基づいて落ち着いて行動して…」とTVCMを流していながら、「水際作戦で安心」と国民をだました。政府とマスコミの責任は重いと言える。
さらに、厚労省が新型Flu患者を疑うための指針「症例定義」が水際作戦を素通りした新たな患者発見の妨げになった。感染地情報はあくまで参考程度に留めるべき情報であり、国内の初発例は主治医の機転を効かした(症例定義を無視した)お手柄であった。
また、簡易検査と呼ばれる迅速診断検査の検出率も問題になった。これが陰性でも遺伝子(PCR)検査が陽性となり、新型Fluと診断確定されることも数多く見られた。
6月21日には国内患者は700人を超え、世界では5万人を超えた。だが、感染者の実数はこれらの10倍以上と考えられている。沢山の人が罹るに従って、今回の新型Fluの概要が判ってきた。季節性Fluと比べ、やや感染率は高いものの、その病原性はアジア風邪よりも軽微であり、致死率は0.4%程度。それゆえH5N1鳥Flu用の行動計画では厳しすぎ、結果、もっと弾力的に行動計画を改める必要に駆られたのも無理はない。
新型Fluの国内対策として、厚労省は6月19日、それまでの対処方針を変更し、「原則全ての一般医療機関で発熱患者を受け入れること」とした。だが、ここに大きな落とし穴が潜んでいる。これは(今のままの低病原性であれば)との前提に立っての話である。今のところ、確かに季節性と変わらないように見えるため、一般の医療機関でも診療出来そうな気がする。だが、いつまでも致死率が低いという保証は何処にもない。今回の厚労省の指針では(高い病原性を確保した)新型Fluも全て「一般医療機関で対処しろ!」という意味を内包している。冗談じゃない。行政から何のサポートもない現状のままで高病原性に変化した新型Fluを診ることは医療者にとっては危険極まりない。小生が昨年末、厚労省に投稿したパブリックコメントの中で「発熱相談センターの電話はパンクし、発熱外来は機能せず、幻想に終わる」と予測したが、はたして神戸ではその通りのことが起きた。一般医療機関の現状を何も変えずに、「なし崩し的に診療させよう」とする厚労省にだまされてはならない。小康してきている感がある現在の日本でも、第二波への周到な準備を今、すべき時である。一般医療機関はきちんとした行政からの支援(診断キット・抗Flu薬・風評被害・休業補償や生命保険など)なしには診療に応じるべきではない。犬死になりかねない。我々一般医療機関の医療者は社会を守る防波堤で、そこに積まれた土嚢の砂と心得ている。土嚢の袋(行政の支援)なくして土嚢の砂は流され放題(犬死)となり、結局社会の被害は救えないこととなる。「医療者への支援は社会を救うこと」という認識が必要である。
今、冬を迎えた南半球で猛威を振るっている新型Fluがアフリカ南部など飢餓に瀕し、衛生や医療環境も良くない貧しい途上国で蔓延したら、発生当初のメキシコ以上の死者が出ることが想定される。先進国からの援助が望まれるが、世界同時不況で支援がままならない公算大である。
そして最後に、余談ではあるが、来年の丁度今頃、南アフリカで開催されるサッカー・ワールドカップが新型Fluのパンデミックにより中止にならない事を切に祈りたい。
2009年7月5日埼玉保険医新聞掲載