論壇
果たして歯科医院の未来はあるのか
春日部市 吉井 亨
先日私がかかりつけの内科に診察を受けに行った時のことである。その内科は、夜間九時まで診療しているが、私の他には誰も患者も待っていない午後八時四〇分頃、「三歳の子供が急に腹痛を訴えているのですが診ていただけますか」と母親が飛び込んで来た。その内科の院長は「うちは小児科ではないから」と丁重に断りをしていた。
その時私は何か少し違和感を感じた。今でも見かけるが、昔は内科小児科の看板を掲げている診療所は数多く見られた。以前はいい意味でホームドクター的で専門分野以外は、全く診ない開業医は少なかったように思われた。将来は専門医とは別に、米国メディケアように、再びホームドクター制のようなものも取り入れていく方向にもまたなっていくのかも知れないが、当面は専門医化の方向が益々進んで行くように思われる。
一方、歯科医療界では、個人の新規開業は相変わらず盛んで、それも、看板には、一般歯科、小児歯科、口腔外科、矯正歯科、等公に認可されているものの他、インプラント、ホワイトニング、レーザー治療、審美歯科、無痛治療など、正式に認められていないものを含め、集患を目指した何でも屋的な歯科医ばかりが増えているように見られる。大学病院は別として歯科開業医は、治療方法、技術が進歩高度化し、専門分化されて当然なのに、歯科開業医は非専門化の看板ばかりを挙掲げているのである。このことを患者は、よく理解出来ずに、この歯科医はオールマイティだと誤解も与え、歯科医院での医療過誤、医療事故、クレーム一因でもあると思われる。
多くの歯科医院では技術はともかく、通常一口腔単位で治療をしようとする。いわゆるオーラルリハビリテーションという観点で、う蝕歯を始めとし、歯周病、抜歯、口腔粘膜や顎骨の治療や手術、義歯などの欠損部歯牙の補綴やインプラント治療、歯並びの矯正やホワイトニング等のエステや審美的治療等その範囲は大変多岐に渡るだけでなく、その治療法や最終治療結果も一定でなく、種々の傷病に対する治療法のエビデンスも確立されていない部分も多いのである。個々の歯科医において治療方針も違い最終的な治療の完結も違うことも多い。これは最新の歯科医療はほとんど自費治療として保険医療に取り入れないまま広がり、玉石混合の治療法が多く存在しているからである。
医科では、何処か身体の不具合不調があっても、一人で全身を一体として治療はしないと思う。患者は眼科で瞼を二重にして下さいと言わない。他の分野の治療はその専門の医院や病院にまかせる。このことからも知識や技量が不十分でも歯科医はあれもこれもやりすぎだとわかる。保険の義歯も満足に作れなくて、埋伏智歯も抜けなくて、何がインプラントかという気もする。
卒後の研修医を終え、歯科の大学院を終えてもその分野の初心者に過ぎない。それなのに、口腔治療のほぼすべての分野も治療しようするのだから、大変である。医療事故や過誤、患者のクレームが起きないわけがないのである。
昔から「歯科は削って幾らの世界」と批判されて来たが、今も多分にその傾向が、保険治療では見受けられる。また十分丁寧で安全で予後の良い患者さんも満足する歯科医療は現段階の保険診療だけでは費用的にも不可能に近い上、昨今の社会保障費の削減に伴う個別指導の強化などで、益々、 「保険で良い歯科医療」に全く逆行しているのである。
今後このような歯科界はどうすれば良いのかその展望はあるのか。私は複数の歯科医達による共同経営で、歯科診療所はグループ診療が最良の今後とるべき歯科診療所の形態だと思う。卒後、大学院や専攻生としてある一定程度以上の研修を積んだ、四、五人の歯科医達が共同で歯科医院を開設経営しグループ診療を行うのである。費用はやすく、各歯科医が得意な分野での専門的な技術を高められ、患者を共同で多面的に診断でき、多様な口腔内の要求、希望に対応することもかなりの高いレベルで出来るのではないかと思う。その上、クレーム問題にスタッフ全員で対応できるし、不足気味の歯科衛生士さんも共同で雇える。昨今多大の開業設備費のリスクの分散や歯科材料等の購入等にも有利である。
唯、各々の歯科医の報酬をどのように配分するかと問題は残るが、今後は欧米で、かなり行われているチーム的で専門的な歯科診療が生き残っていける道ではないのかと思われる。
2009年10月5日埼玉保険医新聞掲載