声明・談話
声明
健康保険法に違反する「明細書」発行の義務化撤回を求める
患者プライバシー漏洩の危険性、過剰に詳細な内容の必要性も検証すべき
2010年3月23日
埼玉県保険医協会
今回の診療報酬改定にあわせて、患者への「明細書」発行が療養担当規則において義務化された。電子レセプト請求(オンラインまたは電子媒体)が義務化されている医療機関は、患者に発行する「領収証」に加え、個別点数項目が分かる「明細書」を無償で発行しなければならない。
埼玉県保険医協会は、健康保険法に違反した「明細書」発行の義務化の主な問題点を以下に指摘するとともに、義務化の撤回を求める。
そもそも、健康保険法等各法における、医療機関の本来の役割は、患者(被保険者)に対し療養の給付の義務を負う保険者に代わり、保険診療を行い、その医療費を診療報酬明細書によって請求することである。患者(被保険者)が受けた医療給付の額の説明責任は、療養の給付の義務を負い、かつ医療費を医療機関に支払う保険者と診療報酬を決めている国に求めるのが道理である。
「明細書」発行を医療機関に義務付ける今回の療養担当規則の改定は、療養担当規則の根拠法である健康保険法に違反したものといえ、関係者の十分な再検証が必要である。中医協において「明細書」の義務化は十分な検討がされたとは言い難い。検証部会に提示されている患者調査結果も義務化には結びつけられない。
現在、診療所の外来で支払う金額の多くは、500円~3000円以内であり、社会通念上、この金額に対する明細書としては、現状の領収証で十分である。「明細書」には、検査における項目や、X線写真を撮れば、部位、写真の大きさ・枚数、造影剤、デジタル化保存の有無など表示するという。
このような「過剰に詳細」な「明細書」発行の義務化は、発行の手間と説明責任をすべて医療機関に負わせるという問題に加え、悪性腫瘍や精神疾患の治療など患者プライバシーに関する重大な情報が、本人のみならず第三者にも読み取られてしまうという危険性を併せ持つ。義務化は個人情報の管理責任を、全ての患者に負わせることにもなる。医師・歯科医師にも守秘義務の観点からも重大な疑念がある。
診療報酬は医療機関が月単位で保険者に請求するものであり、「明細書」を診療のつど発行しても、その内容は暫定的で正確なものではない。また診療報酬は約8,000項目からなる専門用語の集まりであり、体系も複雑で判りづらい。それらを羅列した「明細書」を理解できる患者は少数であろう。
義務化に伴い、多数の患者に「明細書」の説明を求められても、医療機関では矛盾で判りづらい診療報酬を説明しきれない。そもそも、医療は治療方針や治療内容について、説明と納得のうえに治療行為を患者や家族ととも進めることが優先課題である。低医療費政策のもと、ギリギリの体制で患者の治療に集中している医療現場に、診療報酬の説明責任を負わせることは、負荷が増大するだけであり、医療崩壊を加速させるだけである。
今回、医療機関には「明細書」を無償で発行する旨の院内掲示の他、発行しない医療機関にもその旨の院内掲示をすることが求められている。「明細書」を発行しないことを医療機関に言い訳させるかのようなルールは、医療機関と患者との信頼関係を充実させることに繋がらない。
患者と医療者が望んでいるのは医療再生であり、患者の診療に専念できる医療体制の確立こそが至急の課題である。早急な「明細書」発行の義務化は、医療現場に新たな負担を強いるのみで、大多数の患者の期待に応えるものにはならない。患者が治療費を知るうえで、国が解決すべき課題は報酬の簡素化であるが、これは医療関係者全ての願いと期待でもある。簡素化の伴わない「明細書」発行は、大多数の患者にとっては無用の長物、医療現場における混乱と不信の温床となる。今回の「明細書」発行義務化は撤回すべきである。
以上