論壇
ここまで来たか指導監査の実態
個別指導の際には必ず弁護士の帯同を
上尾市 小橋 一成
二〇〇八年十月、個別指導・監査の実施主体がそれまでの各県社会保険事務所から関東信越厚生局へ移された。以降、個別指導に医師・歯科医師の帯同は許されなくなった。これをかわきりに様々な事例を通じ指導の実態が変質してきていると認識している。そもそも指導とは指導大綱の指導方針に書かれているごとく、「保険診療の取り扱い、診療報酬の請求等に関する事項について周知徹底させることを主眼とし、懇切丁寧に行う」が主旨である。
それにも関わらず、指導の場では医師・歯科医師として最も重要視している医学的見地(裁量権)に平気で踏み込むことが、以前より増している。そして高点数医療機関を選定対象とするのは、明らかに指導の場を借りて委縮医療へと一層追い込むことが目的である。
個別指導の現場へ保険医が一人で出かけることでどんなに異常なことが起こるのか、次の例が記憶に新しい。一九九三年、富山で若い保険医が個別指導後に自殺した。二〇〇七年には東京の歯科医師が自殺した。
指導ではないが最近の例では厚労省・村木厚子元局長が大阪地検特捜部に事実関係がないのに取り調べをうけ、承諾していないにも関わらず強引に拘留された。いずれもたった一人切りで孤立無援の状況であった。
実施する主体がそれぞれ違うが、権力を持つ側は「密室の場」になると、時には暴走する危険性があることを端的に表している。埼玉県保険医協会では、富山の事件があったのち、指導を受ける医師が希望する弁護士帯同の権利を勝ち取り、密室で行われていた指導は「おおやけ」にすることができた。これで、医師の基本的人権を守ることが可能となった。医療内容についてはそれぞれの見解を十分に主張する環境ができた。さらに録音の権利も勝ち取った。今やこれらは厚労省も認めている制度である。
現在、医療機関に対してさらなる改悪が進められようとしている。最近、厚労省内で政策コンテストが行われた。その中で驚くべき提案があった。向本時夫医療指導管理官が個別指導において「犯罪捜査のプロの活用を」と提案し最終選考に残ったのである。われわれ医療機関を犯罪予備軍と認識するということであろうか。さらに驚いたのは、こんな理不尽な案を厚労大臣がやすやすと評価し、認めたことだ。
「官僚支配からの脱却など」と空々しいことを言い、一方でその尻馬に乗り国民医療の重要性の認識、知識、意欲も持たない大臣がいたことを認識しなければならない。医療崩壊を一層すすめるこのような提案にたいし断固反対を表明する。
われわれは個別指導の場が「おおやけ」になり、関係する法律に則り「懇切丁寧に指導を行っていただきたい」と運動してきた。
同時に権利を主張する私たちも、自分が行っている医療行為が第三者に見られてもはずかしくないものにしなければならない。それは、患者のための医療を行っているかどうか。そして保険診療の関連法規を勉強し、そのルールに則っているかどうか。間違っても不正には手を染めないことは絶対だ。
もし個別指導に呼ばれ不安であれば、一人で抱えることなく、必ず弁護士を帯同させること。さらに録音することもお勧めする。それは自分自身の医療を守るというだけでなく、ひいては皆保険制度の担い手であるわれわれの仲間を守り、それにより患者の医療を守ることにつながると信じるからである。
2010年10月5日埼玉保険医新聞掲載