論壇

介護保険一〇年を検証する 地域医療と人権の視点から

三郷市 大場 敏明

 平成十二年四月スタートした介護保険制度は、「介護の社会化」と「高齢者の自立支援」を"理念"として、超高齢社会を迎える二十一世紀日本に、光輝く「介護保険時代」到来を詠いあげた。

 私は、地域で高齢者医療と認知症医療に携わる保険医として、市の認定審査会に、モデル事業の段階から関わってきた。また医療法人理事長として、認知症グループホームを始め四カ所の介護事業所を、「時代と地域の要請」から開設し、その多くが赤字の中でも、維持・発展させてきた。

介護保険一〇年「光と影」そして「闇」

 介護保険制度施行後、訪問調査・介護認定・ケアプラン作成そして介護サービス提供の制度が確立。その後年々、認定者・利用者が増加し、今日では約四百万人の高齢者が利用する制度となった。間違いなく高齢者介護を制度化・社会化し、普及してきた「光」を創ってきたのである。しかし、十年後の現在、その二つの"理念"と"人権"に反する「影」が、残念ながら目立つようになり、時には「闇」すら見え隠れしている。介護保険推進の立場にあるノンフィクション作家も、この十年を「半分以上の歳月は適正化の嵐に翻弄され、関係者は元気を失い、利用者は制度への不信を抱いた」(沖藤典子著「介護保険は老いを守るか」・岩波書店)と語っている。

介護の危機「介護難民」・「介護崩壊」

 高齢者や家族から、「こんなに介護料金・負担が高いとは」と悲鳴が聞こえてくる。

 十年間、幾度となく介護保険料が引き上げられた。「応益負担」での重い利用料など、負担増は過酷ですらある。利用中止や削減があとを絶たない。特に平成十七年の改悪で施設の居住費と食費が自己負担化されたため、施設退所が増え、入所申し込みすらできない「介護難民」が増えた。又、比較的低負担の特養老人ホーム入所は、「あと数百人待ち」で、厚労省発表ですら四二万人、実は五〇万人以上だとも言われている。低所得及び重介護の弱者ほど冷遇される人権侵害の「介護崩壊」が広がり、介護療養型医療施設廃止方針や介護認定軽度化促進などの矛盾も深刻化している。

介護退職、介護心中など「介護地獄」

 家族への経済的及び心身の負担増の結果、「介護地獄」の人権侵害が深化している。

 年間で九万人にもなっていた「介護退職」は、平成十七年の改悪後は、年間十万人を超え、実に十四万人にも達する年も出ている。重介護者ほど利用料が高くなる「応益負担」が、家計を圧迫し、不況・賃下げ・人減らしが家族を直撃している。又、低所得者からは、必要な介護を奪い、介護が不可欠な重介護者ほど大きな負担となり、「介護貧困」「介護破産」を生む。又、経済的困難と心身の過負担が、「介護虐待」に追い込む。筆者が主治医の患者にも複数件、虐待事例が見られる。更に「介護殺人」「介護心中」の痛ましい事件は、十年で四〇〇件以上に上り、ここ数年増加している。昨年四月の「介護うつ」による元女優の自死は、実に悲痛な衝撃的事件だった。

進行する介護事業所と職員の困難

 相次ぐ介護報酬の引き下げは、事業所の経営を大きく圧迫している。人件費など経費削減は、ギリギリの状況で、経営難のため、事業所を縮小・廃止せざるを得ない事態も生じている。(筆者の地域では、四年前、次々と訪問介護事業所が閉鎖)。職員の賃金・労働条件の劣悪さが、サービスの質の向上を妨げ、地域の福祉・介護の基盤を根底から揺るがしている。昨年四月に、介護職員の待遇改善も目玉にした介護報酬が三%アップされたが、営利法人事業所では、実際の職員給与アップにつながった割合は、他法人の半分以下でしかなかった。現状の厳しい賃金・労働条件が続くままでは、さらに介護の担い手が減り、制度そのものの維持が困難になりかねない。

法の隙間利用で営利「介護ビジネス」の闇

 私は、三年前の当論壇で「コムスン不正事件を斬る介護を食い物にした営利企業の不正」を書いた。営利法人の参入の悪影響が、白日の下に晒されたが、コムスン崩壊後、営利法人の参入を制限する方向へは行政の舵は切られなかった。その一方、昨今、介護ビジネスの「闇」が拡大し、さらに医療分野にも、営利事業所やアウトロー組織が、資金稼ぎのために暗躍しているとの報道がされている。(平成二十一年四月NHK「無届老人ホームの闇」、今年五月中日新聞「寝たきり高齢者専用賃貸住宅」等)これらは、病院を出され、行き場がなく困った要介護老人を救う為の「尊い」事業だと喧伝する。しかし本質は、法の隙間をかいくぐった営利事業である。対象者の多くは、生保や身障重度、難病患者で、本人負担が少ないことも利用して、目一杯の訪問介護・看護で高収益を得る「ビジネス」だ。生保患者を食い物にする「医療ビジネス」もNHKで報道されたが、実に驚くべき実態であった。

 現在の介護保険制度見直しは、「光」を広げ、「影」や「闇」を減らす方向で進めて欲しい。それは二大理念「社会化と自立支援」そして「人権」の立場に、今一度立ち戻った抜本的な改革である。

2010年12月5日埼玉保険医新聞掲載


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