論壇
福島第一原発事故の海洋汚染
さいたま市 田中 滋
私の趣味は釣りだが、乗合船のお客さんの減少には目を見張るものがある。休日ともいえば満員の船上が今ではガラガラ。乗船料を大幅に下げる船宿もある。これも原発被害者だ。
海洋汚染は意外と知られていないが、今なお最悪の環境汚染を作り続けている。魚は徐々に汚染され、どのぐらい汚染が拡がるか、予断を許さない。放射能で汚染された魚は、海洋の食物連鎖で濃度が濃縮しており、外からの測定値の数倍もの内部被ばくをすることは科学的な常識である。今回の事故で、人類史上最悪の放射能汚染が進行し、今後、何十年間も日本が向き合わなくてはならない問題が起きているのである。
チェルノブイリの原発事故後、二十五年たった今なお、出荷が見合わされているものもある。チェルノブイリ事故を検証したデータでは、セシウムの濃度がピークになったのは、中型魚のスズキが事故発生から五?六カ月後、同じく中型魚のマダラが九カ月後だった。大型魚のマグロでは、一年後とされる。濃縮係数は小型魚から中型、大型になるほど進む。そして、大型魚ほど長寿命になるため、長年に渡って汚染される事になる。ヨウ素が初期、セシウムも早く肉に蓄積するが、ストロンチウムやプルトニウムは骨にたまるので、骨ごと食べるのはさらに問題である。
福島原発がチェルノブイリと違うのは、「海に直接、放射性物質が放出された」ということだ。問題は日本の漁業への影響ばかりではなく、「海は世界につながっている」という点である。南から流れ込む黒潮は北から来る親潮と銚子沖でぶつかり、沖へと方向が変わる。福島での汚染海水は、銚子沖で東へと方向を変えるが、約三年で太平洋を一周し、今度は沖縄辺りで東シナ海と太平洋に分流し、日本海へと流れ込む。海洋汚染は世界の脅威なのである。
魚の汚染は最初は早いが、汚染が進むにつれて、増加が鈍り、環境の五〇倍程度の濃度に収束する。汚染が収まった後は、五〇日に半分の割合で減少していくといわれているが、これはあくまでも汚染が完全に止まればの話であり、放射性物質が出続けている以上、収束などありえない。現状では、ごく一部の海や魚しか測定されていない。海底に沈むセシウム、ストロンチウム、プルトニウムは魚ばかりではなく、貝、海藻にも取り込まれるのも問題だ。
日本の政府は、海洋によって希釈されるから健康に害を及ぼすことはないと主張する。それなら廃棄規制を設ける必要もないし、大量の放射能汚染水をすべて太平洋に垂れ流せば良いということになる。過去にも、アメリカに恩恵を受ける学者たちは、原水爆「実験水域外で捕れた魚は害がない」と声明した。一九五四年にアメリカの水爆実験がビキニ岩礁で行われ、マグロ漁船第五福竜丸が被ばくしたが、メディアには「健康に影響がありません」という学者だけを出した。国が管理して報道を制限し、国にとって不利な情報は国民に伝えなかった姿勢は現在も変わらない。日本のマスコミは、中国の高速鉄道事故での中国当局の情報統制を批判するが、日本も同様に、都合の良い内容だけが出てくる。
「遠くをはかる者は富み、近くをはかる者は貧す」は、二宮尊徳の言葉だが、今の政治家には忘れられた言葉となってしまった。
最後に、チェルノブイリが福島に教える最も重要な教訓は、原子炉の冷却に成功したあとも、原発事故はずっとその地域を苦しめ続けるということだ。チェルノブイリの除染完了予定は二〇六五年だ。その様子を私は見ることができない。
2011年9月5日埼玉保険医新聞掲載