論壇

原発放射線障害について問われる医の論理と倫理

 三郷市 大場敏明
 
 未曽有の3・11大震災による東京電力福島原発事故で、大量の放射性物質が広範囲に飛散した。この歴史上初めての多発原発事故による放射能汚染に直面し、医師に求められているのは何だろうか。
 
未曽有の原発事故と医学情報
 
 この間政府・東電は、事故とその被害を過小に見せようと「不都合な」情報の後出しなど情報操作を行ってきた。
又マスコミは、政府の意向にそった報道を連日垂れ流した。そして、放射線・被爆医療の「世界的権威」など専門医師の一部は、「正しい医学情報」による「心配ない」説法による「安全宣伝」を展開した。事故後間もなく福島県各地を行脚し、現地の医師達などに「科学的根拠のない心配を煽るな」と講演した。この権威達の「正しい情報」に基づけば、直ちに対策をとる必要はない。そして高濃度被曝の労働者と一部地域の住民以外は、放射線による健康障害は起きず、予防対策なども不要という事になる。遅れた初期対策や放射線予防の手抜き・防除対策の後回しなどの「医学的」免罪符とされてはいないか。いま医師達の倫理が問われている。
 
「一〇〇mSVまで安全」は、「すり替え」論理
 
 「安全宣伝」を先導したのが、山下俊一長崎大教授を中心とした専門医師達である。「ICRP(国際放射線防護委員会)基準では、一〇〇mSVまでは発癌のリスクは大きくなる心配はない」ので、福島程度の放射線量では「安全である」と論じた。しかし四月に、子どもの被曝の許容基準を、ICRPの緊急時基準へ変更する政府案に対し、多方面から批判が相次ぎ、七月には反原発派の広瀬隆氏などが、子ども被曝安全デマは人道的犯罪だと告発するなど、批判の声はさらに強まる。
そのさ中、マスコミ取材で山下教授は、「一〇〇mSV以下なら影響はないと言うことではなく、影響があるか、疫学調査で証明されていないのでわからない」(六月十三日アエラ)と釈明したのである。医学的疫学調査で、「影響が証明されていない」「分かっていない」結果を、「心配ない」「安全だ」とすり替えた「科学」!「安全宣伝」は、防げた被曝に住民を曝した「未必の故意」ではないか。
 
被爆者のABCC統計を根拠とする「科学」の論理
 
 「安全」講演の医学者達の「科学的」根拠が、「一〇〇mSVの被曝で癌死の発生リスクは〇・五%増加」とのICRPデータである。これは、広島・長崎の被爆者調査を分析した「放射線被爆量と癌死の関係」の疫学研究から導いたものである。
 この研究は、被爆者を「モルモット扱い」したABCC(原爆障害調査研究所)が長年調査し、放影研(放射線影響研究所)に引き継がれた膨大な情報をもとにしている。この研究の最大の問題は、被爆者を、爆心地からの距離二㎞で分類し比較検討した点だ。つまり被曝の影響を、爆発時の直接放射線による外部被曝に限定し、残留放射線量(黒い雨、放射線降下物など)を過小評価し、内部被曝などを全く無視した疫学調査なのである。内部被曝が心配される原発放射線被害への評価基準には本来なりえない根拠であり、さらにすり替え論理で二重に誤魔化したものと言わざるをえない。
 
「子どもを守れ」書簡にサイン拒否のJPPNWの論理
 
 四月十九日の文科省通知「学校等の放射線量、年二〇mSV基準」に対して、日本医師会・日本弁護士連合会など各方面から厳しい批判が出された。埼玉反核医師の会も緊急声明「守れ子どもたちを、原発で働く人びとを、そして日本を」(五月十日)を発表した。海外からもノーベル平和賞受賞のIPPNW(核戦争防止国際医師会議)が、四月二十九日に文部科学省へ批判の書簡を提出した。その際、広島県医師会が中心のIPPNW日本支部(JPPNW)が、共同副議長の連名サイン要請を拒否していたことが、七月五日の広島県医師会速報で知らされた。驚いた事に、「趣旨としてはもっともだが、日本支部としては反政府活動は出来ないので、サインしなかった」!正しい趣旨でも、政府と違う見解に賛同するのは、反政府活動になるので賛同しないとの論理。典型的な権力追従主義・政治的な行動である。
 
 我々医師は、国民の健康と安全を守りぬく立場から、正しい情報を知らせ、放射能汚染の拡大防止と放射線被曝による健康障害の予防に、最大限の努力をすべきだと考える。

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