論壇
TPPへの参加は日本の国益になりうるか?
戸田市 福田 純
日本人の平均寿命は終戦後、男性二五歳・女性三〇歳と飛躍的に伸び、世界一級の長寿を達成している。
これらは食生活の改善、衛生環境の整備に加え、国民皆保険制度が主たる要因と考えられている。そして今年、国民皆保険制度五十年をむかえ、英国の医学雑誌Lancet が九月一日“ 日本の医療特集号”を発刊し、日本の国民皆保険制度を「世界的に優れた健康水準を低コストで公平に実現したシステム」と高く評価している。日本が高度成長を成し得たのは、ひとえに皆保険制度の賜物と言われている。
この世界に誇れる『日本の宝=国民皆保険制度』が近年、国内外の諸条件によりその存続が脅かされている。国内には種々の格差や少子化に起因する就労人口の減少から来る保険料収入問題、高齢化に起因する医療費の自然増への財源問題や医療者の不足等の問題が挙げられる。国外からの要因はいつも米国からの要求で、先のウルグアイラウンドや日本政府への年次改革要望書、それに続く今回のTPP(環太平洋戦略経済連携協定)への参加強要である。主要メディアは農業問題としか報道しないが、TPPは農業に留まらない。TPP参加後、あらゆる分野の非関税障壁を取り除くよう、国内法に優先されて実行される。このため公共事業の入札はTPP参加国に事前に英語で通知する事を義務付けられ、公立学校の事務用品の入札でさえ然りである。日本全国津々浦々の小さな自治体が果してこれらに対応できるだろうか?
借金をしてまで浪費し、過食に苦悩する国民の胃袋を満たすため、国益としてごり押しするアメリカ。日本の民主党は政権経験が未熟な分、米国にとって御しやすい政権であろう。それを見越して今回TPP参加をせかす交渉術。日本は参加を急ぐ必要は全くない。なぜならTPP交渉参加国のGDP規模は九割が日米で占められ、事実上は日米間貿易交渉である。日本の農業は食料自給率四〇%未満で、更なる自給率の低下を余儀なくされ、国家安全保障の観点からも甚だ危険である。TPPにしがみ付く必然性は輸出の増大や失業率の改善を早急に迫られているオバマ政権で、日本が参加しなくて困るのは米国の方である。
日本がTPPに参加した場合、医療現場に起こりうる事象を想定してみよう。米国はあらゆる不公平な貿易障壁を取り除こうと画策してくる。
初めに混合診療の導入を図り、私的医療保険を組み合わせ、次第に混合診療の比率を増加させ、公的な皆保険制度をなし崩し、既に日本に入っている米国生命保険会社とタッグを組み、医療保険を米国風に変え、十数年後の日本では映画監督マイケル・ムーアのシッコに見られるアメリカ医療の惨劇が繰り広げられよう。
次に二〇〇八年にインドネシアとフィリピンで始まったEPA(経済連携協定)で看護師や介護福祉士など国家試験合格を目指すも「日本語が難しすぎる」と新たな非関税障壁になっている。TPP合意後、医師国家試験も非関税障壁といわれ「全て英語で行う」と言う事になりはしないか?日本語の話せない医師や看護師等が合格し、臨床現場に出たとき、鹿児島のばあちゃんや青森のじいちゃんの話す言葉はどう理解されるのだろう。彼らがどんなに優しい人達でも、痒いところに手は届きそうにない現場に違いない。
第三番目は医療ツーリズム。日本国内で人間ドックなどの健康診断を受けようとの外国の富裕層をターゲットにした商売。国は有望な外貨獲得策と考えている。このためにOECDの平均医師数の三分の二に満たない多忙な医師たちが医療ツーリズムに組み込まれ、さらに多忙になり、国内の医療が疎かになることが考えられる。
国民皆保険制度を崩壊させた結果、心身の病弱者があふれ、高齢者が増えた日本に明るい未来があるとは思えない。国民が健康で元気に働けて初めて、日本が健全な貿易立国になるのである。目先の金儲けに目が眩んだ結果、失った大切な日本の宝を再び取り戻す事は困難であり、総合的な見地からTPPの参加は日本の国益を損なうと考える。
二〇一一年の政府のTPP判断は「“ふくしま”以上のダメージだった」と後世の日本人に言われなければよいのだが……。
ちなみにアメリカでは破産原因の、また持ち家を失う原因の第一位は医療費である。