論壇

医療崩壊へ誘う医療費抑制策は経済界にとっても損失である
(ウイルス感染を含む災害対策は平時から)

戸田市  福田 純
 昨年(2019年)台風19号は奥秩父・甲武信ヶ岳(甲斐・武蔵・信濃)付近に、500㎜を超す大雨をもたらした。この地は荒川・千曲(信濃)川・富士川の源流が集中している場所であり、この結果、長野県の千曲川は堤防が決壊。新幹線や家屋が浸水し、多数の死者と大きな災害が出た。
 一方、埼玉の荒川では支流を中心に浸水被害があり、筆者の住む戸田市でも水位が警戒水位を超え、あと10m程で堤防を越水しそうな高さまで迫ったが、幸い浸水被害は軽微であった。被害がこの程度で済んだ主な理由は、100年に一度の大雨を想定したスーパー堤防(高規格堤防)と彩湖を含む荒川第一調整池(3,900万トンの貯水機能)の存在であろう。これらが戸田・川口市のみならず都内の荒川・隅田川流域の洪水浸水災害の予防に大きく貢献したと考えられる。このように平時から災害準備をしていたお陰で、住民(国民)は安全に安心して平穏な日々を過ごせるのである。
 そんな折、昨年暮れに中国武漢から発症した新型コロナウイルス感染症COVID-19は瞬く間に世界中を席巻。世界各地でオーバーシュートし、イタリアやスペインでは医療崩壊を来し、一般国民のみならず医療者にも多数の死者を出した。東京も当初「第二の武漢になる」と思われたが5月20日現在、感染爆発は崖っぷちで切り抜けた感がある。
 だが、もはや感染経路が追えない症例が過半数を超え、今後クラスター対策の効果は期待できそうにない。また、命を賭して懸命に働いている医療現場ではあるが、医療者用のマスク・防護服等の資材が底をつきかけている。重症者用のICU病床や人工呼吸器・ECMOなどの機器が逼迫した。今以上に患者が増えれば確実に医療崩壊は免れない状況にある。
 ところが折も折、不謹慎な輩が日本国の中枢に巣食っていた。以前から医療費抑制のため地域医療構想を掲げている安倍首相。彼が議長を務める財政諮問会議の民間議員(医療関係者は一人もいない)の決定を受け、政府首脳は今年度の予算として、病院が2025年までに全国の急性期病床を20万床減らした場合の補助金84億円を計上し、2021年度以降は消費税を財源とする支援制度を整備する予定としている。
 100年に一度の洪水対策と同様、100年に一度の新興感染症パンデミックという自然災害にも、それ相応の準備が必要である時に、である。平時の広い河川敷や貯水池は急激に増える大雨対策として必要不可欠なエリアであるのと同様、“平時に無駄”と考えられているベッドは有事には、“有益不可欠なベッド”である。火事が少ないから、消防車や消防士は減らせ!とばかりに長年に渡り、保健所を削減してきた結果が必要なPCR検査が満足にできない元凶である。尊い人命が毎日毎日失われていく報道に心を痛めている時に、国の施策に携わる面々がよくも、かようなことができるものだと開いた口が塞がらない。今必死でCOVID-19と戦っている多くの患者や医療者たち、そして行動自粛で経済的に苦しんでいる人たちにとって、現政権首脳たちは“国民の敵”以外の何物でもない。彼らに伝えたい。他国と比べ圧倒的に死者数が少ないのは、人口当たり世界一の急性期病床があればこそである。日頃から医療費削減政策を推し進めないよう、医療者は国民とともに強く主張しなくてはならない。
 一般的に、医療崩壊=(需要量> 供給量)で表され、パンデミック時は急激に増える需要に応えきれないため、医療崩壊は起きると考えられ、医療費抑制策が厳しく行われてきたイタリア・イギリスの惨状を目の当たりにして、為政者は学習すべきである。
 一方、医療崩壊を懸念して自粛を長引かせると、コロナ死以上に経済苦による死者の増加が懸念される。経済死を防ぐには自粛要請と充分量の給与補償がセットで早急に行われなければならない。この保障は単なる経済対策ではなく、国民の命を守る感染症対策費用である。
 もう一つ、医療崩壊を防ぐ良策を思いついた。今回のコロナ禍での経済損失は50兆とも100兆円とも試算されている。さすれば、日頃から「医療の供給量に余裕を持たせておけば、少しばかり需要が増しても崩壊のリスクは減る」という考え方である。医療費の非抑制政策は医療崩壊のリスクを減らし、行動自粛による経済的損失を少なくするための“医療への投資”、リスク・ヘッジと考えられよう。こう考えれば、医療界・経済界の双方にとってWin・Winの関係になろう。
 COVID-19に有効な薬剤やワクチンの開発にはまだ1~2年待たねばならないだろうが、この間、感染症被害者を増やさない確実な方法は人々の行動変容であり、不要不急の行動自粛と〝三密〟の回避が当分の間、我々に求められる。それにも増して、国や地方自治体の病床削減等の医療計画や医療政策の決定には必ず医療関係者を入れ、100年に一度の非常事態までをも配慮した政策を採択されることが望まれる。

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