論壇

希望なき介護報酬改定、介護現場が完全崩壊する前に大幅な引き上げを

川越市 柴野 雅宏
 4月に介護報酬が改定された。これを機に介護保険制度の問題点を改めて述べてみる。
 今更言うまでもなく介護現場は過酷である。小生は複数のグループホーム、有料老人ホーム、特別養護老人ホームなどの入所者を受け持っているが、一番の問題はその離職率の異常な高さである。ようやく信頼関係を築き指示等もスムーズに伝わるようになった頃に辞めてしまう介護職員の何と多いことか。その原因は今までずっと言い続けてきたが、仕事の過酷さと報酬の低さである。
 今回の介護報酬改定の内容を詳しく述べることは避けるが、内容以前の問題として報酬の引き上げ率は実質たったの0.65%である。仮にそのすべてを給料の引き上げに使ったとしても、月収が20万円の場合(それだけもらっているかも不明であるが)、上げ幅は1,300円である。何の冗談かと言いたくなる額である。介護士の一般的な報酬では家族を養うことは困難である。
 その上、仕事内容は過酷を極める。小生の医院にも連日、利用者の転倒や不穏状態での暴言、暴力、誤嚥や尿路感染に伴う熱発等の相談が昼夜を問わず押し寄せてくる。こうした肉体的過酷さとともにさらに大変なのは、精神的な過酷さである。時に家族等からの要求は常軌を逸しており、食事や入浴ひいては言葉使いに対してもクレームがあり、これも介護者を追いつめる要因となっている。笑えない話であるが、アルバイトとしてファーストフード店に転職した知り合いの介護士が、気楽で報酬も変わらないと明るく話していた。今は多くのアルバイト求人があり時給も1,000円以上である。
 さて、あずみの里事件(小生はこう呼んでいる)を覚えているだろうか。人手不足のため親切心で食事介助の手伝いに入った善良な職員が刑事事件の被告になったとんでもない事件で、しかも一審では何と有罪となった。これも報酬が安いことが原因である。こうしたことを踏まえて今回の改定内容の主な点を見ていくことにする。
 報酬に関しては話にならないが、一方で要求される要件は多い。その一つが訪問リハと通所リハにおいて科学的介護情報システムへのデータ提出と活用である。蓄積されたデータの使い方によっては報酬の減額に使われかねない。さらに人員、設備および運営に関する基準等の改定ではすべての事業所において以下が義務づけられている。①ハラスメント防止対策、②感染症の発生、まん延等に関する取り組みを徹底するための委員会の開催指針の策定、研修、訓練の実施、③災害発生時の事業継続に向けた計画等の策定、研修、訓練の実施、④利用者の人権の擁護、虐待の防止等、虐待の発生または防止するための委員会の開催、指針の整備、研修の実施、担当者の設置、⑤認知症介護基礎研修の受講(医療、福祉関係の資格を有さない者について、認知症介護に係る基礎的な研修を受講させるための、必要な措置を講じる等)である。要するに報酬はそのままあるいは減額で、仕事を大幅に増やすということである。
 すでに介護現場の崩壊は始まっている。絶対にあってはならないはずの利用者への虐待が後を絶たないのはその一例である。それほどまでに介護士は追い詰められている。入所者の人権保護は声高に叫ばれているが、介護士の人権保護は考えられていないに等しい。今回の改定も改善にはならず、介護現場をさらに疲弊させるだけである。超高齢社会への対応として、肝心の介護分野では何の改善策も無いに等しい。
 実は今回の論壇では文章が続かなくて困った。なぜなら問題点も解決策も明らかで今更言うまでもないからである。即ち言い方は悪いが、国がお金を出すことに尽きる。そろそろ本気で介護の現場に目を向け、耳を傾け、早急に改善すべき時にきている。さもなければ、近い将来完全に介護現場は崩壊するであろう。

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