論壇
有事にわかる甘すぎる危機管理
国内の蔓延はワクチンギャップによる人災である
川口市 石津 英喜
COVID-19が世界で流行し1年以上が経過した今、海外で異例の速度で開発されたワクチンが輸入され接種も開始されている。特効薬が存在しない現在、パンデミックを終息させるワクチンへの期待が高まっている。
長期的検証が必要ではあるものの、現時点において国内で唯一接種されているファイザー社製のmRNAワクチンが、イスラエルで死者を著減させているのは事実なようだ。周知の通り国内でワクチン接種はなかなか進んでいない。世界的にワクチン争奪戦が行われており、感染者数が少ない日本は優先順位が低く、ワクチンをなかなか手に入れることができない。国産ワクチンに期待する声は大きい。
医療先進国のはずの日本でなぜ国産ワクチンの開発が遅れているのか。昨年5月、政府はワクチンの研究開発や生産体制整備に約2,000億円の補正予算を組んだ。国内では数社が臨床試験中だが、供給できる見通しは立っていない。一方アメリカは同月に1兆円以上を計上した。日本でも1兆円の支援があれば開発できたかというとそれは無理だろう。平時の研究開発の蓄積の差が大き過ぎるからだ。
アメリカではmRNAを使ったワクチンの開発は90年代から始まっていた。ファイザー社は感染症に対する研究を早くから手掛けており、2018年にはビオンテック社と提携して、インフルエンザのmRNAワクチンを研究していたところ、COVID-19の流行があり直ちに昨年1月に新型コロナワクチンの開発に着手。翌2月に完成させることができたのは、こうした蓄積があったからだ。日本は感染症に対する認識が甘く、基礎研究・関連技術の蓄積がなされていなかったが故に出遅れたと考えられる。
わが国では70年代以降、相次ぐ予防接種禍の集団訴訟で国が敗訴し、ワクチン政策に及び腰になった。予防接種法が1994年に改正されて接種は個人に委ねられ、国は責任から身を引いた。1989年から2006年までに新しく日本で承認されたワクチンは2製品しかない。海外の20種類前後との差はワクチンギャップといわれ、日本はワクチン後進国になっていた。ギャップが生じた理由のうち最も大きなものは国に明確な政策がなかったことだ。どの感染症を警戒すべきといった羅針盤がなく、メーカーはリスクをためらった。
国内のワクチンの市場規模は約1,400億円と医薬品全体(10兆円)の1%強にとどまるうえ、開発から実用化までに何年もかかり、対象とする感染症がどれだけ流行しているかは見通せない。パンデミックが起きれば採算を取れるが、企業にとっては、市場規模の大きな他の薬を後回しにしてワクチン開発費を投じるのは現実的な選択肢ではなかった。厚労省は2007年ワクチン産業ビジョンをつくり、国立研究開発法人の医薬基盤・健康・栄養研究所がmRNAワクチンの開発を進めてはいたが、今となっては非常に残念なことに、感染症対策におけるワクチン臨床試験の予算がカットされ2018年に計画が凍結された。
今後COVID-19との戦いは長期間続く可能性が高い。変異株の出現頻度を考えると一度ワクチンを接種すれば根絶できるようなものではなく、流行する変異株にあわせてワクチン接種を繰り返す必要がありそうだ。いつまでも輸入ワクチンに頼るわけにいかない。原発事故と同様に、日本政府はいざという時は来ないものと甘く考えてきたツケが、国民の健康に直結するワクチンの安全保障に影を落としている。今回は外国製のワクチンに助けてもらうとしても、次のパンデミックに向け資金支援だけでなく独自技術を持つ新興企業の育成や製薬企業間の連携など戦略を示すべきだ。
コロナ・ショックはこれまでの政策に欠けていた国民の命を守る安全保障としての医療・介護システムの必要性を気付かせてくれている。間違いだらけの医療政策、心ない介護政策、弱いものいじめの社会構造。これらの誤った人災政策からの転換が必要だ。
長期的検証が必要ではあるものの、現時点において国内で唯一接種されているファイザー社製のmRNAワクチンが、イスラエルで死者を著減させているのは事実なようだ。周知の通り国内でワクチン接種はなかなか進んでいない。世界的にワクチン争奪戦が行われており、感染者数が少ない日本は優先順位が低く、ワクチンをなかなか手に入れることができない。国産ワクチンに期待する声は大きい。
医療先進国のはずの日本でなぜ国産ワクチンの開発が遅れているのか。昨年5月、政府はワクチンの研究開発や生産体制整備に約2,000億円の補正予算を組んだ。国内では数社が臨床試験中だが、供給できる見通しは立っていない。一方アメリカは同月に1兆円以上を計上した。日本でも1兆円の支援があれば開発できたかというとそれは無理だろう。平時の研究開発の蓄積の差が大き過ぎるからだ。
アメリカではmRNAを使ったワクチンの開発は90年代から始まっていた。ファイザー社は感染症に対する研究を早くから手掛けており、2018年にはビオンテック社と提携して、インフルエンザのmRNAワクチンを研究していたところ、COVID-19の流行があり直ちに昨年1月に新型コロナワクチンの開発に着手。翌2月に完成させることができたのは、こうした蓄積があったからだ。日本は感染症に対する認識が甘く、基礎研究・関連技術の蓄積がなされていなかったが故に出遅れたと考えられる。
わが国では70年代以降、相次ぐ予防接種禍の集団訴訟で国が敗訴し、ワクチン政策に及び腰になった。予防接種法が1994年に改正されて接種は個人に委ねられ、国は責任から身を引いた。1989年から2006年までに新しく日本で承認されたワクチンは2製品しかない。海外の20種類前後との差はワクチンギャップといわれ、日本はワクチン後進国になっていた。ギャップが生じた理由のうち最も大きなものは国に明確な政策がなかったことだ。どの感染症を警戒すべきといった羅針盤がなく、メーカーはリスクをためらった。
国内のワクチンの市場規模は約1,400億円と医薬品全体(10兆円)の1%強にとどまるうえ、開発から実用化までに何年もかかり、対象とする感染症がどれだけ流行しているかは見通せない。パンデミックが起きれば採算を取れるが、企業にとっては、市場規模の大きな他の薬を後回しにしてワクチン開発費を投じるのは現実的な選択肢ではなかった。厚労省は2007年ワクチン産業ビジョンをつくり、国立研究開発法人の医薬基盤・健康・栄養研究所がmRNAワクチンの開発を進めてはいたが、今となっては非常に残念なことに、感染症対策におけるワクチン臨床試験の予算がカットされ2018年に計画が凍結された。
今後COVID-19との戦いは長期間続く可能性が高い。変異株の出現頻度を考えると一度ワクチンを接種すれば根絶できるようなものではなく、流行する変異株にあわせてワクチン接種を繰り返す必要がありそうだ。いつまでも輸入ワクチンに頼るわけにいかない。原発事故と同様に、日本政府はいざという時は来ないものと甘く考えてきたツケが、国民の健康に直結するワクチンの安全保障に影を落としている。今回は外国製のワクチンに助けてもらうとしても、次のパンデミックに向け資金支援だけでなく独自技術を持つ新興企業の育成や製薬企業間の連携など戦略を示すべきだ。
コロナ・ショックはこれまでの政策に欠けていた国民の命を守る安全保障としての医療・介護システムの必要性を気付かせてくれている。間違いだらけの医療政策、心ない介護政策、弱いものいじめの社会構造。これらの誤った人災政策からの転換が必要だ。