論壇

精神科医がみるコロナ禍 自殺との関連の先行きは不透明

富士見市 里村 淳
 COVID-19の感染拡大は一向に衰える気配をみせない。緊急事態宣言による規制によってさまざまな影響が出ているが、とくに飲食、旅行、イベント業界への経済的打撃は大きい。精神科の世界では、かつての「自殺者3万人」の再来を危惧する声があがっている。1998年、年間の自殺者がそれまで2万人台で推移していたのが一気に3万2,863人(警察庁発表、以下同)に増加し、以後約10年間、3万人代に高止まりの状態が続いた。しかし、2009年の3万2,845人を最後に毎年徐々に減少し、2019年には2万169人にまで減少した。これはかつて増加に転ずる前のレベルである。自殺者3万人の背景は、リーマンショック、就職氷河期、終身雇用制から成果主義の移行などの職場環境の変化などがあげられる。
 コロナ禍が始まっても自殺者が増える気配は一向に見られず、「いや、まだ早い。半年くらいしてからだ」などとささやかれていたが、その後も自殺者増加の気配はみられない。しかし、去年は月に1,500人程度で推移していた自殺者数が、7月からやや増加に転じ、10月は2,230人に増加した。確かにそれまでのペースでみると「急増」の感があるが、その後は減少し、今年の7月の速報値を見ると男女ともに減少を続け、全体で1,590人まで減少している。
 つまり、コロナ禍になっても、当初危惧した自殺者3万人という悪夢の再現はまだ現実のものとはなっていない。もちろん、この先どうなるのかはわからない。コロナ禍が終わってからどっと自殺者が増えるという者もいる。昨年10月に一時的に「急増」したかに見えた原因はまだ解明されてない。評論家の中には有名女優の自殺が関係しているのではというが、憶測にすぎない。
 心療内科ではコロナ禍のストレスで患者が増えているのではとよく聞かれる。コロナの感染恐怖はあるが、「コロナうつ」と言えるものはそれ程多くない。ましてや「コロナ自殺」が増えているなど、心療内科の世界ではあまり聞かない。それでも、鉄道の「人身事故」は決して少なくない印象があり、これは心療内科に通院してない者の自殺ではないだろうか。自殺者が以前より減っているとはいえ、小中高生、特に高校生の自殺は減っていない。また、女性の自殺はこれまで目立った増減がなく推移してきたが、女性の自殺は若干増加の傾向にあり、若い女性の自殺が注目されている。しかし、その具体的な背景は明らかになっていない。
 かつての自殺者3万人の時代の自殺者はサラリーマン男性が中心であった。終身雇用というある種の保護的環境が外されて成果主義、それに加えて不景気による人員整理が背景にあった。その中で、会社社会についていけない者の中で、出社拒否、出社恐怖となって「現代型うつ病」という新しい病名が生まれた。中高年者の中には世知辛くなった職場についていけず、結局、退職を余儀なくされ、最後はみずから命を絶つというケースがみられた。
 今回のコロナ禍における危機的状況のなかで、矢面に立たされているのは小規模の飲食店の店長ではないか。彼らは自立心、活動性の高い者たちが多いが、それが自殺者急増にならない背景のひとつなっているのか。それとも、時短営業協力金として毎日一律6万円、最大200万円の持続化給付金が支えとなったのか。これらは一日数万円しか売り上げがない個人の店にとっては「一時金バブル」とも揶揄されているが、政府のこの支援金政策が自殺予防の保護的因子となっているのか。
 もちろん、コロナ禍による自殺者急増などあってほしくないが、コロナ禍による自殺の問題の先行きはまだまだ不透明である。

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