論壇

第6波は来るか来ないか?
コロナでわかった日本の低密度医療

川口市  石津 英喜
 コロナ禍の最前線で奮闘された様々な関係者の皆様には尊敬と感謝を申し上げます。
 当初のダイヤモンド・プリンセス号でのアウトブレークで、日本の対応は海外メディアから国際的批判にさらされた。その後もPCR検査数の少なさなど日本政府は初動に失敗したとの見方が一般的であった。菅首相は五輪開催を強行し病床不足によって自宅療養を余儀なくされる人々が現れ、国民へのメッセージ力の不足も相まって退陣を招いた。日本の対応はことごとく失敗したと思われた。
 ところが、10月13日に英ガーディアン紙が「瀬戸際からの復活:日本が新型コロナの驚くべき成功例になった理由」と題する記事を掲載し、日本の状況は目を見張る変化であると報じた。8月20日には2万5,000人超の感染者を記録したが、それ以降急速な減少をみせている日本を評価している。米タイム誌でも「日本の新型コロナウイルス急減、ミステリアスな成功神話を作り出す」と題した記事で「一夜にして日本は驚くべき、そして神秘的なコロナ成功ストーリーを書いた」と評価した。
 日本の成功要因として迅速な予防接種キャンペーン、不安拡散にともなう夜間の外出自粛、マスク着用と8月末の悪天候などを挙げている。ちぐはぐ続きの政府の対応にもかかわらずなぜこれほど患者が急激に減少したのか専門家でもその理由はわからない。ワクチン以外にいくつかの仮説がある。「パンデミック2カ月周期説」流行は約2カ月間急増した後約2カ月間減少する。「一通りまん延説」デルタ株が一定の人間に感染し終えたがゆえに急速に収束した。「エラーカタストロフの限界説」ウイルスが増殖する際に生じるコピーミスが一定の閾値を超えるとウイルスが自壊するという説。日本の国立遺伝学研究所と新潟大学の研究グループが、先日デルタ変異株において増殖の際にゲノムのミスを修復するnsp14と呼ばれる修復酵素が変異し、ウイルスが繁殖できず自滅したと報告している。ウイルスの修復酵素の機能低下については、人間がもつ「APOBEC(アポベック)」という酵素が影響している可能性があるという説もあり、特にアジア・オセアニアにAPOBECの活性が強い人々が多いらしく、推測の段階ではあるもののコロナ被害の国・地域差の偏りを説明する材料として、人類が2万年以上かけて感染症との闘いで獲得した遺伝子の存在として大変興味深い。
 海外でも同様にウイルスの自滅が起こっているわけではなく、いまだに感染が拡大している国も多数あり、日本だけ感染が収束するという特殊な状況は考えにくい。3回目のワクチン接種や小児へのワクチン接種の実施具合で大きく左右されるかもしれないが、いわゆるブレイクスルー感染やタイプの違ったウイルスが海外から持ち込まれれば第六波が起こると思った方がよい。第1から4波で感染者数約77万5,000人、死者約1万4,000人、死亡率約1.9%であった。第五波では感染者数は約93万人と多かったものの死者は約4,000人、死亡率は約0.4%と劇的な改善がみられている。このままいけば致死率は0.1%未満といわれている季節性インフルエンザのように日常に登場する身近な感染症に落ち着いていくであろう。
 自宅待機を強いられ適切な医療を受けられずに命を落とす人が続出した対応から医療のインフラを見直し、軽症中等症者が適切に治療を受けられる本来の状態にしなくてはいけない。第6波では従来の重症病棟確保に加え、中等症は原則入院とするための臨機応変な病床運用、悪化が予想される人への抗体カクテル療法の実施、効果のある内服薬の評価と調達が考えられる対策だ。メルク社はワクチンが不足している低所得国105カ国で内服薬「モルヌピラビル」を安価に製造・販売できるようにするため、国連が支援する非営利団体「医薬品特許プール」とライセンス契約を結んだそうである。これにより、アフリカやアジアを中心とした低所得国でモルヌピラビルを安価で製造できるようになる。全世界での効率の良いコロナ対応が終息への近道だ。
 日本の一般病床と感染症病床はおよそ89万床。主要先進国の中でこれだけの病床を持つ国は他にないが、新型コロナの病床として確保されたのは4万床程度とわずかに約4.5%、ICUの数は国内に7,000床あまりで89万床のうちのわずか0.8%である。ほかの疾患の重症患者の治療も不可欠なため、新型コロナにまわせる重症ベッドは限られていた。1床あたりの医師や看護師が主要国に比べ極端に少ないために早い時期から医療がひっ迫し、重症患者に十分対応できない低密度医療があきらかとなった。
 すっかり医療先進国とは程遠くなった日本であるが、今後のコロナ対策次第では世界的な評価を挽回できるチャンスがまだあるかもしれない。

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