論壇

事態準備行動(プリペアドネス) 国民が安心できる施策を

川口市 石津 英喜
 「風邪は万病の元」という言葉は風邪のような些細な病も放っておくと様々な病に転じるという文字通りの意味であろうが、風邪に罹ったあとの免疫力や体力の低下で持病が悪化し衰弱する、本来ならば罹ることのない肺炎・心筋炎・髄膜炎などを合併する、免疫系が暴走して膠原病などの自己免疫疾患が風邪を引き金として発症することなどが知られている。
 新型コロナウイルス感染症(以後コロナ)は当初はウイルス自体による肺炎で死亡例も出るような重症感染症であったが、オミクロン株に置き換わったころからは健常者にとってはただの風邪といっていいほど軽症化したものの運悪く重症化や死亡例は弱者を中心にどうしても発生してしまう。
 日本は人口当たりのコロナによる死者数は世界でも低い国の一つといわれていた。関係者の努力はもちろん、国の予算措置や都道府県が重点医療機関を定めて病床を確保、各自治体の対策本部や保健所・医療機関間の調整機能の取り組み等で重症化リスクのある患者を急変する前で医療に何とかつなげられたからであろう。一方で、厚生労働省が公表した人口動態統計(速報)では、2022年の国内の死亡数は約158万人、前年比の死亡増加数は約13万人でともに戦後最多であった。コロナでの直接の死亡数は少なく抑えられたものの、その後徐々に体力を失って老衰や心不全などにより間接的にコロナで亡くなった例が予想以上に多かったと推定される。
 5類に移行することで、発生届の提出義務がなくなり「HER‐SYS」の入力も任意となる。多くの軽症者は自己検査と自宅安静でよいものの一部の重症化リスクのある陽性者については入院が必要か否かを判断する情報を詳細に得られるか、本人や医療機関へ確実に情報提供がなされるか懸念される。次のコロナ波は騒がれることもなく静かに流行し、入院が必要な高齢者や施設でのクラスターもいつの間にか増えていくであろう。保健所の入院調整機能もはたらかず救急患者の受け入れ先が見つからないコロナ難民がこれまで以上に発生するかもしれない。
 5類ではインフルエンザ並みに多くの医療機関での診療や入院が可能になるというが、動線分離が難しい医療機関が少なくなく、どれだけ協力が得られるかは不透明である。医療現場の感染対策は従来通りにせざるを得ないので、公的補助がなされなければ患者の対応や感染防御に人的・金銭的コストのかかるコロナの診療を断る医療機関は多いことが予想される。もしも院内でクラスターが発生すれば病床制限や感染している可能性のある職員をそのまま勤務させ続けるわけにもいかず、今後も病床や医療従事者の確保には苦労を要するであろう。
 日本は感染症を国家危機として位置づけてこなかったため準備が足りなかった。場当たり的なばらまきがおこなわれ、病床確保料を巡っては交付されながら患者を受け入れない「幽霊病床」の存在が指摘され、会計検査院の調査でも病床確保で投じられた補助金の過剰ぶりが複数指摘されている。補助金により多くの医療機関が経営危機を回避できたのは事実であるが費用対効果を疑問視する声があがっている。
 グローバル化や都市化・地球温暖化を背景に世界同時多発的に感染が拡大することを新たな脅威として認識すべきである。次なる感染症パンデミックに向けて危機管理における事態準備行動(プリペアドネス)の考え方に立って十分な準備ができるよう、司令塔機能の強化・国民への丁寧な説明・感染症法のあり方・保健医療体制の確保・社会経済活動への影響・財源のあり方・施策の効果などについて多面的に検証が行われ、国民が安心できるような的確な政策が進められることを求めたい。

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