【理事長声明】
「デジタル化」の名のもと健康保険証を廃止することを抗議します
 ~「保険証廃止法」成立を受けて~

2023年6月5日
埼玉県保険医協会
理事長 山崎利彦
 私たちは、多くの会員・開業医・患者・市民らと、「健康保険証」がこれまでどおりに存続するよう求めて、政府、大臣、国会議員等に要望を続けてきたところです。6月2日、保険証廃止法(※)を成立させた国会と提案してきた政府に対して抗議するとともに、法施行までの期間においては、現場実態を調査把握のうえ健康保険証の廃止を見合わせること、マイナ保険証システム(=オンライン資格確認等システム。以下、システム)を一旦停止すること、など、少なくとも保険診療がこれまでどおり滞ることなく円滑に行われることを最優先し、医療現場におけるトラブル事例の減少に努めるよう、システム運用を見直すことを求めます。法案成立に先行して首相を本部長とする医療DX推進本部が「医療DXの推進に関する工程表」の中で健康保険証廃止する方針を示していることにも重ねて抗議します。
 

◆国民皆保険制度への認識を欠いた保険証廃止法と自浄作用なき政府の政策
①そもそも法案は、国民皆保険制度の根幹である健康保険証が全ての国民に発行されているところ、新しいデジタル社会を推進するために、健康保険証を廃止してしまうという不可解な決定がされました。国・保険者に発行義務のあった健康保険証は、加入者自身の責任において申請によって入手をするという、原則性の転換という大きな問題をはらんでいました。
②国会審議の中で、国民皆保険制度を堅持するためには、新たに設ける「資格確認書」は申請を前提とするものの保険者に対して「申請勧奨」や「職権交付」を課して皆保険を担保するとしながら、保険者に担わせる「申請勧奨」「職権交付」の実務量などの推計がされていないことが国会審議で明らかになりました。
③参議院の審議中に次々と判明したシステムに関わるトラブル、エラーについて、政府は把握していながら隠蔽したまま法案を提出し、最近のトラブル事例については、実態把握をこれから行い、それへの対応は全く未知です。
 
◆責任者不在のマイナ保険証システム
 これらの事実よりいえるのは、担当大臣を始め政府内で法案としてまとめる段階で健康保険証のもつ重大性や、国民の医療情報を真摯に扱うことなどが念頭になく配慮すらしてこなかったということです。マイナ保険証システムの登録利用者拡大のみに傾注したことで法案は歪みました。国会審議の中でも歪みが修正されることはなく、むしろ、数々のトラブル事例の処理をめぐっては、現場から責任者や大臣への報告が大幅に遅滞するなどデジタル大臣による庁内ガバナンスがないことが明らかになりました。システムの運営に実質的に責任を持つ機関や職責が不在であることを意味しています。歪んだ法案を見直すことやシステムを一時的に止めるという判断が政府自身に出来ない状態になっています。


◆「質の高い医療」は幻想
 患者情報の取り違えや、加入資格未反映の事例が多数報告され、10割負担を窓口にて患者に支払を求めなければならない、これまでには起きえなかった事態が4月以降に続々報告されています。
 現政府がデジタル化をすすめると国民皆保険制度は従前どおりに運営できなくなる、システム運営能力がないことを意味しています。多くの医療情報をシステムに載せて全国の医療機関で共有するような仕組みとして「質の高い医療が受けられる」としてきた政府や関係者の説明は、妄想に過ぎません。エラーが一定割合で必ず生ずることなどの前提説明を医療現場にしたことはありませんでした。医療情報の取り違えは薬剤の誤投薬等の事故につながることから利用が控えられることは自明です。


◆マイナ保険証システムは当初から増改築が前提 - ずさんな全体設計図
 順調とはいえない現状システムに対して、政府は2024年秋に健康保険証を廃止する時期までに、さらに新たなシステムの増設を予定しています。オンラインネットワーク環境の整備が困難な医療機関や在宅医療時のために、ポータブルカードリーダーシステム(=簡易なシステム)を強制させていく計画です。今般の多くのトラブルがヒューマンエラーによることを強調するデジタル大臣ですが、別のシステムを増設すれば、新たに情報の不一致などが発生することは容易に想像できます。健康保険証を存続されれば、このように無理のある簡易なシステム導入は不要です。
 システムのスタート時点からの増設とエラーは、そもそも国民皆保険制度や保険診療をシステムに移行させる全体設計が不在であったとしかいえません。


◆ 義務化や保険証廃止による被害を医療現場に丸投げ
 百歩譲ってシステムを医療機関と患者の任意参加としていれば、歪んだ設計に対する自己責任論が適用されるかもしれません。しかし、国会審議で問題が紛糾したのは、未成熟なシステムへの参加利用を義務化とし、健康保険証を強硬に廃止しようとしていることに尽きます。
 無理に無理を重ねていく政府の姿勢は、医療DX推進のためには国民個々の個人情報や医療情報や国民皆保険制度を毀損し破壊しようとしているとしか映りません。
 システムの全体像や利用方法を国民に啓発することなくマイナポイントの付与のみでマイナ保険証化を進めてきたことにより、多くの利用トラブルが医療現場で発生するものと思われます。トラブルの対応を医療現場に丸投げに等しいやり方で依然として推進していることに、断固として抗議をいたします。


◆ 健康保険証はどうしても必要
 現段階においては、国民皆保険制度を堅持するためには健康保険証を存続させることがどうしても必要です。保険診療や医療保険制度は多数の職層や関係者の努力と協力によって達成され続けてきたものです。全体図の不明なマイナ保険証システムのために我が国の誇るべき制度を毀損させてはなりません。
 私たちの会員調査では85%が「健康保険証の存続」を求めています。実際にマイナ保険証システムを利用している会員からも「システムのバックアップのために必要」「高齢者にはマイナ保険証は困難」「発熱外来など感染症の際にはカードリーダーを使用するのが困難で健康保険証の方が利便性が高い」などの声が寄せられています。
 政府には当面は健康保険証の利用・併用を認めることを求めます。また、現状の運営に代わる新たなマイナ保険証システムが安定的に運営できる実績を示すことができるまでは、健康保険証の廃止を見合わせるよう求めます。
以上
※行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律等の一部を改正する法律(マイナンバー法改正法など)。

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