論壇

多様性の時代に逆行する政府版「医療DX」は見直しを

春日部市  渡部 義弘
 DX(デジタルトランスフォーメーション)は、物事のデジタル化やIT導入と同義ではない。それらによって、社会構造の変革、ルールの変更が行われるという意味で、単なる利便性の向上とは別次元の話である。エリック・ストルターマンが提唱したDXの本来の定義では、「情報技術の浸透が、人々の生活をあらゆる面でより良い方向に変化させること」また2022年のやや日和った感のある新定義でも「健康で文化的な生活レベルを向上させ、よりスマートな社会と個人の豊かな生活による持続可能な未来につながる可能性」としている。従って政府版医療DXは似非DXといえよう。
 去る6月2日、参議院本会議にて保険証廃止法案(マイナンバー法改正法案など)が可決された。マイナ保険証、オンライン資格確認システム(以下オン資と略)、マイナンバーカード(以下マイナカードと略)に関し、トラブルの報道が相次ぎ、健康保険証廃止への不安、マイナカードに対する不信感が高まりを見せる中、5月31日、地方創生及びデジタル社会の形成等に関する特別委員会で、半ば強行採決を経てである。
 現行の健康保険証は、国や保険者に発行義務が課されており、原則として国民は待っていれば自動的に手元に保険証が届き、保険医療が受けられる仕組みになっている。周知の通り約60年に亘り国民皆保険制度を支えてきたパスポートなのである。しかしマイナ保険証はどうか。全てが申請主義に基づいて行われる。申請手続きをしない限り、永久に無保険者となってしまうのである。
 オン資については、本格運用開始前より、多方面から多くの問題が指摘されてきた。実務上も院内カルテシステムの遅滞や停止、更に驚くべきは、保険証の情報が得られない、無保険と表示される、実際と異なるなどで、結局現行の保険証で確認ができたという、もはやオン資のレゾンデートルを疑いたくなる問題で現場を混乱に陥れ、事務負担は著しく増大している。危機管理(バックアップ)としての現行保険証は残して、使いたい患者・医療機関だけがマイナ保険証を使えばよい。マイナ保険証はオン資とセットで医療DXの入口である。登山でいえば一合目でひどく足首をねん挫しながら頂上を目指すだろうか?一旦立ち止まることさえできない医療DXとは何だろう。
 オン資義務化・マイナ保険証実質義務化その先には電子処方箋・オンライン請求・電子カルテの規格統一等々義務化が目白押しとなる。そして完成形として、医療のビッグデータを備えた全国医療情報プラットフォームの形成。某経済団体から周回遅れのデジタル化を挽回するためにリスクをとることは避けられないとする趣旨の談話があった。だが、本気で挽回したければ、すでに多くのデジタル先進国が「過去」の反省から自己情報コントロール権保障に舵を切ったことに学ぶべきだ。個人情報保護を蔑ろにし、既存の優れたシステムを破壊して迄、新たな市場を生み出し、利益を貪るための無分別なビッグデータの利活用という「過去」の失策をなぞればますます世界から置いていかれることに気づくべきである。
 そして現代社会の趨勢は多様性・個別性の尊重そして選択の自由の保障である。自然界においても多様性は種の存続可能性を強める。医療の現場に身を置くものなら誰でも解っているはずだが、患者の個別性は最大限尊重されなければならない。そして医療者においても経験と知識を以て最大限のパフォーマンスを発揮するための環境は各人で異なっている。サイバー攻撃・甚大な自然災害の下でも「いずれかの」医療機関が対応できるよう危機管理するなら、電子カルテを含む医療システムの完全連携・統一は最も避けねばならない。
 国民の自己情報コントロール権を危機に貶めるようなマイナカード(マイナ保険証)は希望者だけで十分だ。角を矯めて牛を殺すことがないよう制度設計を一から策定し直すべきではないかと考える。

Copyright © hokeni kyoukai. All rights reserved.

〒330-0074 埼玉県さいたま市浦和区北浦和4-2-2アンリツビル5F TEL:048-824-7130 FAX:048-824-7547