論壇

多剤併用療法は本当にダメなのか?

さいたま市 昼間 洋平
 先の診療報酬改定の精神科分野において「1回の処方において2種類以上の抗うつ薬又は2種類以上の抗精神病薬を投与した場合、次のア~イの要件が設けられた。
 ア.処方に関する医療上の必要性や副作用等について患者に説明する。
 イ.投与した薬剤の種類数や患者に説明した内容をカルテ及びレセプトの『摘要』欄に記載する」といった要綱が追加された。筆者は精神科であるが、今回の改定でものすごく負担が増えたことを憂う一方で、多剤併用療法は本当にダメなのかという疑問が生じた。
 かねてから我が国の精神科医療における多剤処方は問題となっていたが、2010年に厚生労働省の自殺・うつ病等対策プロジェクトチームにおいて「向精神薬の過量服薬」が問題視されてから、向精神薬の乱用・依存等も含め、急速に国の対策や関連学会の活動が展開していった。当時、我が国の精神科医療が薬物療法に偏重する原因として、時間をかけて生活指導や心理療法を実施できる精神科医療体制がないという問題を指摘してされていたが、この点については解決されることのないまま、今日に至っている。
 この十数年の間に、多剤処方に対する懲罰的な減算ばかりが強化される一方で、精神科医療の要である通院・在宅精神療法の診療報酬点数も確実に下げられている現実がある。こうなってくると、多剤処方抑制施策が単なる医療費削減の口実なのではないか?と疑念が生じてしまう。多剤療法は精神科だけでなく、他科でも問題になっているが、癌治療・糖尿病・高血圧症等、治療ガイドラインで併用療法を勧めるケースもあり、実際に十分な効果が示されている。
 精神科領域では1剤でかつての多剤併用と同効を示すものや、他科でも様々な合剤が使われている。ここ最近、後発医薬品の供給不足で前述の薬剤がなく、多剤併用になってしまうケースがある。これを医療側の問題とされ、減算対象とされるのは甚だ遺憾である。
 前置きが長くなったが、今回槍玉に挙げられている抗うつ薬と抗精神病薬の多剤併用療法が本当にダメなのか検証したい。抗精神病薬の多剤併用療法にて錐体外路症状、便秘、心毒性など様々な副作用が問題視されていた。国民の健康データが広く研究に用いられているフィンランドから、この種の疫学研究の論文を多く発表しているTiihonen氏らのグループによる報告によると、同国の統合失調症入院患者6万1,889例について、抗精神病薬の単剤療法と多剤療法との間で非重度の身体疾患および心血管疾患による入院の頻度を比較した。その結果、多剤療法期間の患者の方が身体疾患および心血管疾患による入院が少なかった。
 日本うつ病学会による双極性障害ガイドラインでは、躁状態・うつ状態ともに、気分安定薬と非定型抗精神病薬の併用療法が推奨されている。併用療法がより有効なことを強調している。ここ最近、ひと昔前では一切なかった、併用療法が統合失調症やうつ病に著効した症例報告も増えている。「単剤が正義、多剤が悪」という考えのすり込みはどうだろうか。
 先にも述べたが、我が国はどうしても薬物療法に偏重する傾向にある。残念ながら、何も考えずに薬剤を大量に使用する医師がいるのも確かである。ここ最近は時間をかけて疾病教育・生活指導等を施行していくことで、余計な薬剤の使用を避けられることもわかっているが、医療を提供する側もいろいろな意味で余裕がなく、多剤併用になっている医師も多い。処方抑制に必要なものは、医療費抑制でなく、何よりもまず「質のいい医療を提供できる環境整備」ではないだろうか。この問題は現状ではまだ着手されていないことを強調し、締めくくりとしたい。

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