オリンピックと医薬品開発

川口市 石津 英喜
 パリオリンピックではフランス独自の演出が数多く展開され、全世界から注目を集めた。世界各国の選手たちの素晴らしいパフォーマンスに心から称賛を送り、多くの勇気と感動を与えてもらったことに感謝したい。メダル獲得数を見ると米国や中国といった大国が多くのメダルを手にしている。金メダルをとるには個人の実力が必要である一方で国の支援も影響を及ぼしている。オリンピックは国の威信を高める手段として利用されてきた歴史があり、多くの国が政府主導でスポーツ振興政策を進め、メダル獲得数の増加を目指している。
 さて、日本政府は、新型コロナのワクチンや治療薬開発で海外に後れをとったことなどを踏まえ、新薬の開発力を強化するため、国内外の大手製薬会社や、研究機関、患者団体など関係者から意見を聞く「創薬エコシステムサミット」を開催した。「医薬品産業を成長産業と位置づけ、必要な予算を確保し、国内外から優れた人材や資金を集結させることで、世界に貢献できる『創薬の地』としていく」としている。創薬力の向上により、国民に最新の医薬品を迅速に届けることが目標とされ、特に重篤疾患患者の予後改善や生活の質の向上が期待されている。
 実は医薬品を創製できる国は世界に10カ国前後しかないという、オリンピックのメダル獲得数ランキングの上位国にかなり一致している。特に米国は圧倒的な創薬力を誇っている。中国の製薬企業はジェネリック医薬品に強みがあったうえ、近年では新薬の開発にも積極的に取り組んでおり、中国の創薬力は着実に向上している。かつて日本は米国に次ぐ世界2位の創薬国であったが、日本発の医薬品の売上高は年々減少しており、近年では4~6位に落ち、世界の医薬品のなかで日本製品の売り上げは1割を切っているとのことである。
 日本は低分子医薬品の開発がお家芸であったが、抗体や遺伝子治療、核酸、ペプチドなどを用いた新たなモダリティへの移行が遅れている。国内の創薬力が低下すると、海外で使用されている医薬品が国内で利用できない「ドラッグラグ・ロス」が発生する。新薬は患者の生命予後を大きく向上させるものであり、新薬が手に入らないことは患者にとっては非常につらい状況である。資源が限られている日本にとって医薬品産業は国際競争において重要な分野であり、国策として創薬力の強化が求められるのは理解できる。日本の医薬品価格は先進国のなかでも高水準であり海外製品を高額で購入させられ医療財源を圧迫している。国内の製薬会社には努力を重ねて海外市場での利益を上げ、国内では低価格で製品を提供してほしいと願っている。
 近年、咳止め薬や去痰薬、解熱鎮痛薬などの医療用医薬品が全国的に不足している状況が続いている。2024年の診療報酬改定においては、10月から後発品が存在する薬剤について、患者が先発品を希望する場合には、後発品との価格差の25%を特別料金(選定療養費)として自己負担する方針が示された。患者の負担増を検討する前に、政府および製薬業界は医薬品の安定した供給を確保することが求められる。
 自国の新薬開発能力を向上させることは、極めて重要な利点をもたらす。輸入品に依存せずにコストを削減でき、難治性疾患や希少疾患の治療が向上する。これにより国民の健康寿命が延び、生活の質が向上し、幸福感が増すことが期待される。今後は、国家の政策として、金メダル級の多数の新規創薬を期待したい。
 現状のまま海外の高額な医薬品に頼り続けると、医療財政が危機に瀕する。国産の新薬から得られる利益は製薬企業に留まらず、必須の従来医薬品の安定供給や国民皆保険制度の持続に向けて、国民全体に還元される仕組みを構築することも重要である。

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