論壇

健康保険証廃止は決着していない

春日部市 渡部 義弘
Ⅰ.はじめに
 2022年10月13日。河野太郎デジタル相(当時)が会見で唐突に24年度秋の現行健康保険証(以下単に保険証と略)の廃止宣言(目標)を表明。マイナ保険証利用が全く進まないことに業を煮やし、保険証追い込み策として発動されたのは周知の通りである。マイナ保険証はマイナポイント付与によるマイナカード普及キャンペーン第2弾の一部に過ぎない。多額の費用を要して普及を図ったものの利用率は低迷したままだ。

Ⅱ.嘘を押し通されて
 マイナ保険証の「メリット」は根拠もなく広報され、「こうなる筈」レベルで既成事実化されていた。その後、2023年4月よりオンライン資格確認システム(以下「オン資」と略)が療養担当規則で義務化された頃から「メリット」の多くが全くのフィクションであることが現場からの報告により発覚したにもかかわらず、この原稿を執筆している時点でも、厚顔無恥にも国民の血税を浪費して堂々と広報されている。多くの報道機関も一時は「効率化」「安心・安全でより質の高い医療」の呪文に乗って保険証廃止に同調する傾向があったが、その後、トーンダウンないし立ち止まるよう訴える方向性の変化もみられた。
 しかし、「呪文」を強調する報道も後を絶たない。国民や医療現場には無関心層が少なからず存在し、また政府・行政の方針を支持する向きもある。そして不都合な情報を「見えない化」する対策もあり「嘘」が押し通されてきた。

Ⅲ.彌縫策による混迷の正体 - 医療DXは財界のため
 保険証は60年以上国民皆保険制度を支えており、現在も十分現役のカードである。吊し上げに使われる「なりすまし」も厚労省が公表した実数は極めて少なく(国保で2017年~22年の5年間に50件)、マイナ保険証でも「なりすまし」は可能である。保険証を廃止するほどの理由にはならない。遙かに問題なのは医療DXと銘打ちながら「資格確認書」「資格確認のお知らせ」などひたすら「紙」媒体に依存し膨大な予算と関係者の労力が費やされていくことである。
 河野デジタル相(当時)の「初めから上手くいかないことはある」発言は、アジャイル開発とも取れるが、2年たっても全く現場のトラブルが改善しないのはオン資の根本的欠陥に起因することが明らかだ。
 それ以上に問題なのは、アジャイルマニフェストなる定義における「顧客との協力重視・意見のフィードバック」に完全に抵触した政府・行政の対応姿勢にある。
 これは穿った見方をすれば、医療DXの「顧客」は医療機関・患者国民ではなく、IT関連産業・国民医療情報をビジネス目線で骨までしゃぶりつくそうと垂涎する財界なのではないか。確かに医療DXの推進方針には「取組を行政と関係業界が一丸となって進めること」とされ「二次利用により、創薬、治験等の医薬産業やヘルスケア産業の振興に資することが可能」とある。
 そういう意味で医療DXとは「医療の再開発」と言えないだろうか。近年の都市の再開発が、既存の住民や地域の伝統・文化(国民皆保険制度)を蔑ろにし、既存住民を地域から締め出し(公助から自助・共助、保険診療から自由診療)行政と開発利権に関わる業界主導のもと行われているという「ジェントリフィケーション」に構造的酷似を感じる。

Ⅳ.保険証の意義を発信しよう
 先の大戦の「インパール作戦」に准えて、今次の保険証問題を世界の潮流から外れた実質アナログに依存した「なんちゃってデジタル化」、出遅れに冷静さを失ったガラパゴス的IT戦略、立ち止まることなく玉砕まで突き進む様から「デジタルインパール作戦」と揶揄する向きもある。
 国民の大多数が同意しかねることを必然の如く行う政治、議会制民主主義の在り方を考え直す機会になったのは間違いあるまい。嘘を押し通そうとする力は保険証廃止政策に限らず、大阪万博をはじめ各分野に顕在だ。強権的・不誠実な改変に断固対抗するための体制が、医療界に揃っていない。だが、しかしである。保険証は国民皆保険制度を支える基盤である。先ずは直近の混乱を広げないために、そして将来においても安心して医療が提供されていくためにも、保険証は必要である。医療界からこの意義を発信して残していこう。

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