論壇

マイナ保険証と訪問診療

鴻巣市 植松 登実隆
 2021年10月20日マイナ保険証制度が始まり、そして2024年12月2日より従来の健康保険証が発行されなくなって既に半年が過ぎた。
 外来では既知のとおりなかなかマイナ保険証が浸透しない中ではあるが、今後徐々に訪問診療でのマイナ保険証の使用も増えてくるはずである。ただ相変わらず受付では、エラーや本人確認ができないこともあり、現場は対応に追われている。ちなみに、医科と歯科の訪問診療の事務的なマイナ保険証の確認には、若干の違いはあるがほぼ同じである。
 マイナ保険証による恩恵は、患者がより良い医療を受けられるようになること、と政府は言う。医療機関を受診した際に、投薬の情報や健診結果の提供に同意すると、医師等から患者自身の情報に基づいた総合的な診断や、重複する投薬を回避した適切な処方を受けることができ、初めての医療機関・薬局でも患者は安心して受診することができる、とうたわれている。
 特に訪問診療の対象になるようなケースは、複数の疾患を抱えた多剤服用の患者も少なくなく、投薬に注意を払う必要がある。4月号の論壇にもあったように、薬不足の中、投薬情報の共有はとても重要で、まさしくマイナ保険証が活躍しそうな場面にも思える。
 ところで、マイナポイントに釣られた私の父はマイナンバーカードを作成しマイナ保険証化していたが、昨年介護施設の入所にあたり『マイナ保険証は預かれない』と言われたため、従来の健康保険証を施設に預ける形となった。ふと気になり、当院と繋がりのある施設、ケアマネに確認を取ったところ、全施設、全員が口を揃えて『マイナ保険証は預かれない』と答えた。
 実際のところ訪問診療の現場ではまだまだ健康保険証の提示が多く、ごく僅かだが資格確認書の患者も現れるようになった。当院は約9割の患者が訪問診療の対象だが、未だマイナ保険証の患者は一人も現れない。なぜか?
 理由はいくつか考えられるが、患者サイドにおいては、暗証番号は認知症患者や脳卒中などで倒れたときには全く意味をなさず、また親子間どころか夫婦間でも、暗証番号を知らないというケースもよくある。結局のところ健康保険証・資格確認書で保険情報を確認するしか手段がない。
 また、リクライニング型の車椅子や円背の高齢者、認知症や障がいのある方等は、顔認証の機械に顔を寄せるのが困難な場合もある。顔認証を行ったり、暗証番号を入力したりするのが非現実的なのは想像に易い。厚生労働省はそうした患者の対応策として、医療機関の職員が、目でマイナ保険証を確認する“目視確認モード”という設定を作っているが、それならやはり健康保険証で十分ということになり、マイナ保険証を持つ理由がなくなっている。
 医療提供サイドにおいては、顔認証の機械を持ち出すという負担が生じる。厚労省は訪問診療用に対応するデバイスに専用アプリを入れて利用することを推奨しているが、先ず専用デバイスを用意することが必要であり、通信費、レセコンのアップデート等は医療機関の負担になる。また複数の医師・歯科医師が勤務している場合、新規患者の登録などはクラウド型のレセコンでないと対応できないため、レセコンの入れ替えなど医療機関は高額な負担を強いられる。今のところ補助金等の予定はないという。
 加えて訪問診療において保険証確認などの事務的な仕事は、訪問診療の時間としては含まれないため、より患者宅への滞在時間や煩雑な仕事が増え、狭い患家でのスタッフ増員、人件費など問題は山積みである。
 医科と歯科の訪問診療において、マイナ保険証を政府が宣伝しているように、理想通りに使えるならば良いシステムになっていくのかも知れない。ただ現状では利便性、確実性の大幅な改善が必要であり、また最低限医療従事者側のコストを改善しない限り普及するのは難しく時期尚早である。このままでは砂上の楼閣となるであろう。

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