論壇
経済の失速と医療 - それでも増額が必要な理由
川口市 石津 英喜
日本経済は長期的な低成長に直面している。経済が停滞している今こそ、医療への投資を縮小するのではなく、むしろ強化すべきである。医療は単なる「支出」ではなく、健康寿命の延伸、生産性の向上、地域経済の維持に直結する「基盤投資」であり、経済の失速を食い止めるための中核的な政策領域だからだ。
医療費は2025年度に50兆円を超える見通しで、メディアは「過去最高」「危機的水準」といった刺激的な表現で報じる。絶対額だけを取り上げて危機を煽る議論は、冷静な政策判断を妨げる。背景には、医療費の増加が国家財政を破綻させるとする「医療費亡国論」が長年にわたり社会に浸透してきた歴史がある。だが、この亡国論は事実に基づくものではなく、制度の持続可能性を考えるうえで本質的な論点を見誤らせている。
実際、日本の医療費は国際的に突出して高いわけではない。医療費のGDP比は令和4年度の8.23%から令和5年度には8.08%へと低下している。アメリカの17%台、フランスやドイツの11~12%、北欧諸国の10%前後と比べても、日本は依然として低い水準だ。世界で最も高齢化が進む国であることを踏まえれば、日本の医療はむしろ効率的に提供されていると評価できる。医療費の増加をもって「亡国」と断じるのは、国際比較を欠いた短絡的な議論にすぎない。
一方、国内では医療費の引き下げを訴える政党が一定の支持を得ている。高齢者の窓口負担増、OTC類似薬の保険適用除外、「無価値医療」の排除、病床削減などの施策は、一時的な効率化にはつながる。しかし、年間1兆~1.5兆円規模の自然増を相殺するほどの持続的効果は期待できない。国民皆保険制度が提供する医療は「最低水準」ではなく「最適水準」を目指すものであり、無駄な医療費の削減はもちろん必要であるが、高齢化と医療技術の高度化を踏まえれば、医療費が50兆円台から60兆円へと増加していくことは避けられない。したがって、削減のみで医療費を抑制する発想は現実的ではなく、財源をどう確保し制度を持続可能にするかこそが本質的な課題である。
経済の失速が続く中で医療費を削減すれば、最も影響を受けるのは現役世代と地域社会だ。医療提供体制が弱体化すれば、働く人々の介護負担や健康リスクが高まり、労働参加率の低下や生産性の低下を招く。特に人口減少が進む日本では、健康寿命の延伸こそが最大の成長戦略であり、医療への投資は経済の底上げに不可欠である。
また、医療は地域経済の重要な雇用基盤でもある。病院や診療所が縮小すれば、医療従事者の流出だけでなく、関連産業や地域サービスの衰退を招き、地方の経済基盤が弱体化する。経済が停滞している時期に医療費を削ることは、地域経済の縮小をさらに加速させる危険がある。
近年の新薬は非常に高額となっており、薬事承認は新しい治療を届けるための制度である一方、高額医薬品の登場により、承認がそのまま医療費増額につながるとの見方が強まり、薬事行政と財政規律の間に矛盾があるかのように語られている。高額医薬品や先端医療の増加は財政に負担を与えるが、これらは希少疾患や重篤な疾患の治療を可能にし、長期的には介護費や社会保障費の抑制につながる。高額医薬品基金の創設、成果連動型支払い、薬価交渉の強化、医療技術評価の活用など、制度設計を工夫することで、財政負担を抑えつつ必要な医療へのアクセスを確保することは可能であろう。
経済の失速は医療制度にとって大きな制約となる。しかし、短絡的に医療を削るのではなく、医療資源を集約しつつも戦略的に増額し、健康と生産性を高める基盤を整える必要がある。医療は社会の土台であり、未来への投資である。国民皆保険制度を維持し、経済の再生につなげるためにも、医療への適切な増額は避けて通れない。
医療費は2025年度に50兆円を超える見通しで、メディアは「過去最高」「危機的水準」といった刺激的な表現で報じる。絶対額だけを取り上げて危機を煽る議論は、冷静な政策判断を妨げる。背景には、医療費の増加が国家財政を破綻させるとする「医療費亡国論」が長年にわたり社会に浸透してきた歴史がある。だが、この亡国論は事実に基づくものではなく、制度の持続可能性を考えるうえで本質的な論点を見誤らせている。
実際、日本の医療費は国際的に突出して高いわけではない。医療費のGDP比は令和4年度の8.23%から令和5年度には8.08%へと低下している。アメリカの17%台、フランスやドイツの11~12%、北欧諸国の10%前後と比べても、日本は依然として低い水準だ。世界で最も高齢化が進む国であることを踏まえれば、日本の医療はむしろ効率的に提供されていると評価できる。医療費の増加をもって「亡国」と断じるのは、国際比較を欠いた短絡的な議論にすぎない。
一方、国内では医療費の引き下げを訴える政党が一定の支持を得ている。高齢者の窓口負担増、OTC類似薬の保険適用除外、「無価値医療」の排除、病床削減などの施策は、一時的な効率化にはつながる。しかし、年間1兆~1.5兆円規模の自然増を相殺するほどの持続的効果は期待できない。国民皆保険制度が提供する医療は「最低水準」ではなく「最適水準」を目指すものであり、無駄な医療費の削減はもちろん必要であるが、高齢化と医療技術の高度化を踏まえれば、医療費が50兆円台から60兆円へと増加していくことは避けられない。したがって、削減のみで医療費を抑制する発想は現実的ではなく、財源をどう確保し制度を持続可能にするかこそが本質的な課題である。
経済の失速が続く中で医療費を削減すれば、最も影響を受けるのは現役世代と地域社会だ。医療提供体制が弱体化すれば、働く人々の介護負担や健康リスクが高まり、労働参加率の低下や生産性の低下を招く。特に人口減少が進む日本では、健康寿命の延伸こそが最大の成長戦略であり、医療への投資は経済の底上げに不可欠である。
また、医療は地域経済の重要な雇用基盤でもある。病院や診療所が縮小すれば、医療従事者の流出だけでなく、関連産業や地域サービスの衰退を招き、地方の経済基盤が弱体化する。経済が停滞している時期に医療費を削ることは、地域経済の縮小をさらに加速させる危険がある。
近年の新薬は非常に高額となっており、薬事承認は新しい治療を届けるための制度である一方、高額医薬品の登場により、承認がそのまま医療費増額につながるとの見方が強まり、薬事行政と財政規律の間に矛盾があるかのように語られている。高額医薬品や先端医療の増加は財政に負担を与えるが、これらは希少疾患や重篤な疾患の治療を可能にし、長期的には介護費や社会保障費の抑制につながる。高額医薬品基金の創設、成果連動型支払い、薬価交渉の強化、医療技術評価の活用など、制度設計を工夫することで、財政負担を抑えつつ必要な医療へのアクセスを確保することは可能であろう。
経済の失速は医療制度にとって大きな制約となる。しかし、短絡的に医療を削るのではなく、医療資源を集約しつつも戦略的に増額し、健康と生産性を高める基盤を整える必要がある。医療は社会の土台であり、未来への投資である。国民皆保険制度を維持し、経済の再生につなげるためにも、医療への適切な増額は避けて通れない。