論壇
戦争を拒否すること そして憲法
三郷市 露木 静夫
2022年2月24日に始まったロシアのウクライナへの侵略、2023年10月7日からのパレスチナ・ガザにおけるイスラエルによるパレスチナ人虐殺、2026年2月28日米国がイランへ仕掛けた戦争、どの戦争も解決へ向けた糸口が見えない。いずれの戦争もすぐ終わると、仕掛けた方が思っていた節があるが、現実は全く違う。国際法を無視して戦争を仕掛けること自体が許されないが、どの事例においても、出口戦略を大変あいまいにしか考えていなかったのではないかと推察される。一連の戦争、暗殺や拉致でイスラエル・ネタニヤフ首相に米国トランプ大統領が相当引っ張られていることは確実だ。ロシアの侵略さえもトランプ大統領(バイデン氏も)が何らかの形で絡んでいる可能性が高く、闇は深い。
毎日、トランプ大統領の言動があふれんばかりに報道され、その全体が威嚇、蔑視、虚偽、恫喝に満ちている。しかも一貫性はまったくなく、毎日のようにころころ変わるが、本人は全然意に介していないどころか、問題はないかのごとくである。報道というより、プロパガンダそのものの垂れ流しだと強く感じる。国際法を無視して戦争を始めたのは誰なのかという原点に立ち返って惑わされずに、一連の発言や情勢を見、考えていくことがとても大切なこととなる。
戦争というのは人殺しである。そのこと自体究極の人権侵害であるが、ひとたび戦争が起きれば、兵士として参加していなかったとしても、一般市民として巻き込まれて殺される、けがをする、家族を失う、そして生きていくのに困窮するなど、あらゆる意味で人権が蹂躙されてしまう状況となる。そのうえ、戦争を仕掛けている側は人殺しをしているのに加えて、戦争をすることで莫大な金もうけを同時にしているという事実を考えると、なお一層の憤りが込み上げてくる。
今起きているこれらの戦争を何とか止めることはできないのかとずっとやきもきし、注視をし続けながらも何もできていないことにいら立つ自分がいる。しかし今やこの日本が、我々がその戦争に巻きこまれるかもしれない、いやこの日本が戦争を始めていくのではないかとの危惧を持つ地点に自分たちはいると言っていいだろう。トランプ大統領にしがみついている高市首相、トランプ大統領の行っている戦争が国際法無視であると言えずに称賛している高市首相を見ていると、その危惧も考え過ぎではない。
戦争に向かう道筋を大きく開いたこの間の3つの法制、特定秘密保護法(2013年、表現の自由を危うくした)、安保法制(2015年、集団的自衛権の行使容認)、共謀罪法(2017年、監視社会の道を開きプライバシー権を侵害した)、いずれも違憲の法制である。さらに防衛装備移転三原則の運用指針の改定も行われた。大軍拡で兵器を爆買いすることは現在進行中である。国会での勢力分布は厳しい。これらを考えると、なお一層私たちは崖っぷちに立っていることは間違いない。
国が行う戦争に自分は巻き込まれたくない、戦争に自分は加担したくない、戦争を自分は絶対にしたくない、との気持ちをどう維持し、行動につなげていくのか。その時によりどころとなるものは、やはり憲法である。憲法は高市首相や戦争をしたくて仕方ない政治家に、そして国家に縛りをかけるものであり、国権の発動たる戦争をさせないように縛るためにある。憲法99条では、国務大臣、国会議員等に憲法を尊重し、擁護する義務を負うと規定している。憲法はしっかりある。9条はしっかりある。変えられてはいない。憲法を、9条を絶対に変えさせない。
このことを確認して、学びに、運動に、活動に参加しようと思う。
毎日、トランプ大統領の言動があふれんばかりに報道され、その全体が威嚇、蔑視、虚偽、恫喝に満ちている。しかも一貫性はまったくなく、毎日のようにころころ変わるが、本人は全然意に介していないどころか、問題はないかのごとくである。報道というより、プロパガンダそのものの垂れ流しだと強く感じる。国際法を無視して戦争を始めたのは誰なのかという原点に立ち返って惑わされずに、一連の発言や情勢を見、考えていくことがとても大切なこととなる。
戦争というのは人殺しである。そのこと自体究極の人権侵害であるが、ひとたび戦争が起きれば、兵士として参加していなかったとしても、一般市民として巻き込まれて殺される、けがをする、家族を失う、そして生きていくのに困窮するなど、あらゆる意味で人権が蹂躙されてしまう状況となる。そのうえ、戦争を仕掛けている側は人殺しをしているのに加えて、戦争をすることで莫大な金もうけを同時にしているという事実を考えると、なお一層の憤りが込み上げてくる。
今起きているこれらの戦争を何とか止めることはできないのかとずっとやきもきし、注視をし続けながらも何もできていないことにいら立つ自分がいる。しかし今やこの日本が、我々がその戦争に巻きこまれるかもしれない、いやこの日本が戦争を始めていくのではないかとの危惧を持つ地点に自分たちはいると言っていいだろう。トランプ大統領にしがみついている高市首相、トランプ大統領の行っている戦争が国際法無視であると言えずに称賛している高市首相を見ていると、その危惧も考え過ぎではない。
戦争に向かう道筋を大きく開いたこの間の3つの法制、特定秘密保護法(2013年、表現の自由を危うくした)、安保法制(2015年、集団的自衛権の行使容認)、共謀罪法(2017年、監視社会の道を開きプライバシー権を侵害した)、いずれも違憲の法制である。さらに防衛装備移転三原則の運用指針の改定も行われた。大軍拡で兵器を爆買いすることは現在進行中である。国会での勢力分布は厳しい。これらを考えると、なお一層私たちは崖っぷちに立っていることは間違いない。
国が行う戦争に自分は巻き込まれたくない、戦争に自分は加担したくない、戦争を自分は絶対にしたくない、との気持ちをどう維持し、行動につなげていくのか。その時によりどころとなるものは、やはり憲法である。憲法は高市首相や戦争をしたくて仕方ない政治家に、そして国家に縛りをかけるものであり、国権の発動たる戦争をさせないように縛るためにある。憲法99条では、国務大臣、国会議員等に憲法を尊重し、擁護する義務を負うと規定している。憲法はしっかりある。9条はしっかりある。変えられてはいない。憲法を、9条を絶対に変えさせない。
このことを確認して、学びに、運動に、活動に参加しようと思う。